雨ニモマケズ 雨ニモマケズ 雨ニモマケズの試し読みができます!
作: 宮沢 賢治 絵: 柚木 沙弥郎  出版社: 三起商行(ミキハウス) 三起商行(ミキハウス)の特集ページがあります!
闘病生活のさなかに賢治が書きとめられたその言葉は、 作品として書かれたものではなく、 賢治の「祈り」そのものだった・・・・・・。
りひまるさん 40代・ママ

たくさんの人に
宮沢賢治さんの「雨ニモマケズ」こういっ…
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ぼくは満員電車で原爆を浴びた 11歳の少年が生きぬいたヒロシマ
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ぼくは満員電車で原爆を浴びた 11歳の少年が生きぬいたヒロシマ

  • 児童書
語り: 米澤 鐡志
文: 由井 りょう子
出版社: 小学館 小学館の特集ページがあります!

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作品情報

  • ちょっとためしよみする

発行日: 2013年07月11日
ISBN: 9784092271661

小学中学年〜高校生
判型/頁 4−6/128頁

出版社からの紹介

伝えたい少年原爆体験記。11歳のヒロシマ
 広島に原爆が落とされたのは、1945年8月6日でした。11歳の米澤鐡志さんは、爆心から750メートルの電車内で母親と一緒に被爆します。母親は9月に亡くなり、母乳を飲んでいた1歳の妹は10月に亡くなります。
 この本は、米澤少年の目で見た、8月6日その日のことと、その後何が起こったか、という記録です。

 ブラウスが突然発火して、体が焼け始める女性、皮膚が布地のように垂れ下がって、幽霊のように見えた人たち、防火水槽に飛び込んで亡くなっている赤ちゃんを抱いた女性、川を流れていくたくさんの死体。
 11歳の少年が見た光景を、読者も知ることになります。
 
 「どんなにつらい記憶でも、知らないよりは知ったほうがいいと私は思います。本書は読むのも苦しい内容ですが、きっと未来のための知恵を与えてくれるでしょう」(京都大学原子炉実験所 小出裕章さんによる「はじめに」より)。

 原爆や核についてお子さんと考えるとき、最適の1冊です。
編集者からのおすすめ情報 米澤さんは「語り部」として、被爆体験講話を全国各地で行っています。爆心地1キロ以内での体験の迫力に、米澤さんの「語り」を聞いた人たちは、誰かに伝えなくては、という思いにかられてしまうのだそうです。

 これまでたくさんあった、本にまとめる誘いをすべて断ってこられましたが、
2011年3月の東日本大震災での福島原発の事故と、ふるさとを追われた福島の人々を見て、考えが変わり、広島を体験して生き残った自分の役割として、体験を本の形に残して、これからも多くの人に読んでもらいたい、と思ったのだそうです。

 そのころ、この本の文章を担当した由井りょう子さんとの出会いがありました。由井さんは、米澤さんの話を聞き「本にまとめましょう」という提案をします。米澤さんは、本のために追加取材を受けることを決めました。

 この本は、これまで米澤さんの「語り」を聞いたことのある人にとっては、「やっと本になった」という待ちに待った本、はじめて接する人にとっては「こんなすさまじい体験を小学校5年生がしたのか」と驚きとともに知るヒロシマの現実、という本でしょう。
 米澤さんは、被爆一世の語り部として、最年少です。
 小学校4年生以上で習う漢字にはふりがなをふりました。
 すべての方にとって、原爆被爆の実際を知るために、おすすめです。 
 
 米澤さんの被爆講話申し込み先
 https://www.geocities.jp/hankaku1945/

ぼくは満員電車で原爆を浴びた 11歳の少年が生きぬいたヒロシマ

ベストレビュー

米澤さんから講演を来て・・・・原爆の恐ろしさ身にしみました

7月29日 平和の集いがありました
この本の語りを 米澤さんから聞くことができました
現在 京都府宇治市に在住されていて 私の住む城陽市とは隣町です
彼の語りはこの本を読んだ事を直接本人の話を聞くことができたことに感謝します
米澤さんは優しい顔で当時の被爆体験を語られました
本当に奇跡的に生き残られたのですね  被爆の当時の地獄絵をいろんな本や映像で見ますが まさにその生き地獄を目の前に見、 臭いもすごいものだったと語られました。     
よく乗り越えて生きてこられた米澤さん  そして 語りを今も続けておられるのに 頭が下がります
お母さんは亡くなられ 妹も お母さんの母乳を飲んで死んだのでは?

そして 朝鮮人の友達のことも話されました。
戦争の時 日本は朝鮮人を強制的に日本へ連れてきたり働かせた事実があります
私にも両親が朝鮮の済州島の出身の友人がいますが
米澤さんも当時一緒に遊んだ彼らのことを語られていました
はじめに  小出裕章さんが書かれている文も非常に大切なことが書かれています

8月6日の広島原爆の日 8月9日の長崎の原爆投下の日の恐ろしさを忘れてはなりません  
こうして語り継いでくださる人が少なくなっています
米澤さんの命の限り語り継いでください
体はしんどいと思いますが  がんばってください!
そして 私達は 今二度と戦争を起こしてはならないのです
世界中がきな臭い今、大きな声で
「憲法9条を守れ」と叫びたいと思います
世界に発信するのは 被爆国の日本人ですから
(にぎりすしさん 60代・その他の方 )

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