宮澤賢治が大正12年8月、北海道の旭川を訪れたときに残した、一編の詩「旭川。」
その詩をもとに、旭川在住の絵本作家、あべ弘士さんがあらたな創作を加え、一冊の絵本にしました。
「汽車はようやく旭川駅に着いた。
朝もやの中、街はすでに起きはじめていた。
バビロン柳の下に小馬車がとまっている。」
馬も馭者もどこか遠い異国からやってきた風だ。」
ページをめくると、夏の北海道の、朝の空気を思わせる、透明感あふれる世界が絵本のなかにひろがります。
前年に最愛の妹トシを亡くし悲傷を抱いた旅、教鞭をとっていた花巻農学校の生徒たちに就職先を探すため、樺太へ向かう途中の旅。
道中、しばしおりたった旭川で、宮澤賢治は心にのこる短い時をすごしたのでしょう。
見返しに掲載された詩「旭川。」からは、旅先の異国のような風景を楽しむ賢治の、軽やかでさわやかな時間が伝わってきます。
旭川市旭山動物園の飼育係を25年間勤めたのち、現在は絵本作家として活躍されるあべ弘士さん。
後半では、鳥に詳しいあべ弘士さんならではの風景が加わり、100年近く前に書かれた「旭川。」がよみがえります。
「ジャッ ジャッ ジャッ ジャッ
オオジシギはゆっくりゆっくり大空高く昇りつめると
そのてっぺんで反転し、カミナリそっくりの羽音をたてながら
地上に向かって急降下する。」
うすいエメラルドグリーンの空と、スミで黒々と描かれた街角や馬車の姿が印象的です。
いつもの自由闊達で躍動感あふれるタッチとはまたちがい、繊細さのなかにうつくしい風が吹きぬけていくような、あべ弘士さんの新境地ともいえる絵本です。
(大和田佳世 絵本ナビライター)
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