夜明け前の、静かな湖のほとり。
木の下で眠る、おじいさんとその孫。
月が湖を照らし、山は黒々とたたずんでいる。
なにもかもが、ぼんやりと影になったその場所に、今、少しずつ朝が訪れようとしていた――
ある湖が夜明けを迎えるまでの光景を、淡くていねいに描いた作品です。
湖で眠るおじいさんと孫が、朝を待って湖に漕ぎ出す。
ストーリーはそれだけで、とてもシンプル。
文章もごくごく短く、ただ淡々と、湖畔の様子を語るばかり。
うごくものがない
あ、そよかぜ
さざなみがたつ
しだいに、ぼおっと もやがこもる
それなのに、この作品はとても雄弁です。
少しずつ朝を迎えて、青くよみがえっていくその空気までもが、描きこまれているような色使い。
小さな月の光に照らされた湖畔の景色からは、あたかもその静けさが、しん、と耳に響いてくるようです。
夜明けの空気の冷たい感触や、しっとりとした水辺の香りまでもが感じられそうなほど。
目に見えて空気の色が変わっていく中で、じっと日の出を待つときの、不思議な高揚さえ覚えます。
まだ夜のあけきらないうちに、湖畔に漕ぎ出したおじいさんと男の子。
ふたりを待っていたのは、朝日が湖畔の山々を明るく照らし出す、壮大な光景でした。
まぶしさに思わず目を細めてしまうほどの、色鮮やかな景色がページいっぱいに広がります。
夜が朝に変わった瞬間の、あのさわやかな解放感がみずみずしく迫ってきて、本物の夜明けに立ちあったかのような感嘆が、胸を満たします。
どんなに言葉を尽くしても伝えられない、壮大な色彩の光景!
1ページ1ページを、かみしめながら味わって読んでほしい、静かで美しい一冊です。
(堀井拓馬 小説家)
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