セオリーにない「はずし具合」が気持ちいい
~坂本美雨(さかもとみう)さんインタビュー
「せかいでいちばんあたまのいいいぬ ピートがっこうへいく」
マイラ・カルマンさく 矢野顕子+坂本美雨やく(リトル・ドッグ・プレス)
訳者インタビュー
坂本 美雨(さかもと みう)さん
プロフィール
ミュージシャン。1980年生まれ。9歳のとき家族でニューヨークに移住し、97年Ryuichi Sakamoto featuring Sister M名義でデビュー。99年、本名で本格的に音楽活動を開始。近年は舞台やテレビCMにも出演し、音楽活動のほかに詩やエッセイ、映画評の執筆・翻訳、ナレーション、ジュエリー・ブランドのプロデュースなども手がける。2007年12月12日、ニューアルバム「朧の彼方、灯りの気配」リリース。
Official Home Page http://www.miuskmt.com/
ブログ ニクキュウブロローグ http://blog.excite.co.jp/miuskmt/
いぬのピートがいつも考えているのは、食べちゃいけないものをたべること。そのピートがある日、学校じゅうのスターになってしまう・・・・・・。アメリカの小学校を舞台にピートが巻き起こす珍騒動を通して子どもの世界が生き生きと描かれた作品「せかいでいちばん あたまのいいいぬ ピートがっこうへいく」。ミュージシャンの坂本美雨さんはお母さんの矢野顕子さんと一緒に日本語訳を手がけられました。この絵本の魅力、翻訳が仕上がるまでの裏話を美雨さんに伺いました。
――今回、お母様との共訳ですね。
母が以前からマイラ・カルマンさんの絵本のファンで、「しょうぼうていハーヴィ ニューヨークをまもる」を日本語訳してリトル・ドッグ・プレスさんから出版しました。今回「せかいでいちばんあたまのいいいぬ ピートがっこうへいく」の日本語版の出版にあたって、母にさそわれて共訳することになりました。
この本を読んでみて、すぐにファンになってしまい訳すことにとっても興味がわきました。アメリカの公立小学校の雰囲気がよく現れているんです。個性的な先生たち。好き勝手にしている子どもたち、ランチのときの大騒ぎ・・・・・・。私が通っていた小学校もこんな感じだったな~って懐かしく思い出しました。
――この絵本の魅力はどんなところですか?
たくさんありますけど、やっぱりインパクトあるのは、ルールを超えたはみだし感ですね。お話はポピーワイズという女の子が語っている口調で進んでいくんですが、子どもの頭の中のとっちらかっている感じがそのまんま。「がっこうなんてきらい!」といいながら、いいことがあると「がっこうだいすき!」になるし、授業中に「プリズム」から「にじ」「たこあげ」を連想して、ぼ~っとしてたり。先生の描写がまた面白いんです。かんしゃくもちの数学の先生は「がまんしようっていうきもちを かばんのなかにつめたまんま わすれてきちゃったみたい」とか。
いぬのピートが大活躍するところも、「そんなわけないでしょ!」っていう不条理な展開なんですが、そのシュールさが妙にかわいいんです。ひと騒動終わって気持ちがほっとしたところで、いきなり「ぬきうちテストだ!」とくる。極めつけは最後の「このほんにのってないもの」(笑)。「え!そうくるか~?」って。
おちゃめで粋な展開に、思わずにんまりしてしまいます。
「ぬきうちテスト」の中に「へんてこなことばはどれ?」という質問があるんですが、よく見ると本当にわざとへんてこにしてある言葉があるんです。探してみてくださいね。
――絵もとても魅力的ですね。
マイラさんはニューヨークでは、ファンの多いイラストレーター、デザイナーで、ファッション分野でも大活躍されています。大胆な色使いや、落書き的な素朴な絵柄が魅力です。でも、それが逆におしゃれ。人や動物の表情が豊かで、特にピートのいたずらっぽい目つきが多くを語っていますね。「ふふん、実は僕は何でもわかってるんだぞ」って言ってるみたい。
しゃれのきいた細部といい、不条理の世界に遊ぶ楽しさといい、マイラさんの世界観が隅々まで表現されている絵本だと思います。
――翻訳ではどんなところが大変でしたか?
まず母と私それぞれが、全体をざーっと訳したものをお互いに見せ合って、それから細かいところを詰めていきました。2人とも東京とニューヨークを行き来しているので、メールでのやりとりが多かったです。
なにしろ、不条理が「味」の絵本なので、そのまま日本語に訳してもなんだか脈絡ないところがあるんです。たとえば突然ストーリーと関係なく、石ころが出てきて、「こいしはポケットのなかで じゅぎょうがおわるまで じっとまってる」とか。大人が筋道を考えながら読むと、まとまりなくてよくわからないことも、子どもにとっては別に不思議でもなく、そのまますっと受け止められるのでしょう。
気をつかったのは、文字が絵の一部となっている点です。原書では手書きの英語が絵の一部のように配置されているんです。その場所におさまるように、しかも雰囲気をそこねない日本語に置き換えるという作業には、かなり試行錯誤がありました。たとえば数学の先生の髪の毛一本一本に、「へいほうこん」とか「ぶんすう」とか、数学で使う用語がびっしり書きこんであって、これが先生の頭の中を表しているんですけど、そのあたりは、母と何度も相談したところです。文字のニュアンスや配置ではデザイナーさんがかなり苦労されたようです。
全体を通して、子どもが日常使っている言葉を選んだのですが、犬のピートがしゃべれるようになるシーンでは、わざと頭よさそうな持って回ったもの言いを工夫したりと、とっても楽しんで翻訳できました。
――小さい頃から絵本はよく読んでいたのですか?
大好きでした。9歳まで日本にいたので、表参道のクレヨンハウスにはよく遊びに行きました。棚の高いところに置いてある本を台に乗って取るときは、特別な宝物を手にするような気持ちになりました。「はらぺこあおむし」(エリック・カール作 もりひさし訳 偕成社)「ぐりとぐら」(中川李枝子作 山脇百合子絵 福音館書店)、「がまくんとかえるくん」シリーズで有名な「ふたりはいっしょ」(アーノルド・ローベル作 三木卓訳 文化出版局)など定番の名作もよく読みました。犬の絵本では「アンジュール」(ガブリエル・バンサン作 BL出版)とか。谷川俊太郎さんの「ことばあそびうた」(谷川俊太郎詩 瀬川康男絵 福音館書店)は特に好きで、今も尊敬する作家の一人です。あのそぎ落とされた言葉のリズムからは、とても影響を受けています。
――美雨さんが音楽をつくるときに、絵本の世界からの影響を感じますか?
直接的というわけではないですが、詞をつくるときのスタンスはいつも、伝えたい情景や感情を、周りから描写していって中心にあるものを浮き出すように心がけています。好きだなと思う絵本は、そういった描き方をされているんですね。たとえば、「ちいさいおうち」(バージニア・リー・バートン作 石井桃子訳 岩波書店)は、静かな田舎がどんどん開発されて街になっていく様子が小さな一軒家の視点から描かれています。そのことで、「ちいさいおうち」が感じてる寂しさや都会化することへのやるせなさが浮かび上がってくる。そんな表現形式は絵本や詞に共通するところだと思います。
坂本美雨さんのニューアルバム
「朧の彼方、灯りの気配」
『せかいでいちばんあたまのいいいぬ ~ピートがっこうへいく』
>>> 限定サイン本のご購入はこちらから
(限定サイン本は、ご好評のうち完売しました。ありがとうございました。)