『きこえる?きこえるよ』たしろちさとさんにインタビューしました!
グランまま社から新刊『きこえる?きこえるよ』を出版されたたしろちさとさんが絵本ナビオフィスにいらして下さいました。
『きこえる?きこえるよ』は、「The Book of Sense」シリーズの4作目にあたります。本作の制作エピソード等を中心に、色々とお話をお伺いしました。また、このシリーズの編集を手掛けられている田中尚人さん(パパ‘s絵本プロジェクトの活動や『だから?』等の翻訳者として絵本ナビでも御馴染みですね。)にも御一緒して頂きました。
■ 「The Book of Sense」シリーズ
「The Book of Sense」シリーズとは・・・?
聴覚、味覚、触覚、嗅覚、視覚、感覚(感情)の6センスを1冊ずつ個別に取り上げた、画期的な試みの絵本シリーズ。幼児の感受性は、視覚や文字に頼りがちな私たち大人が想像する以上に、音や匂い、味、触覚などの五感で受け取る実感や記憶と豊かに結びついています。
※既刊本はこちら・・・
「嗅覚」 「味覚」 「触覚」 「聴覚」
たしろさんが手掛けられた『きこえる?きこえるよ』は、シリーズ第1作目の『くんくん、いいにおい』に続いて2作品目になります。
■ 感覚がテーマの絵本、「The Book of Sense」シリーズのアイデアを聞いて・・・
特にストーリー展開がある訳ではなく、テーマが一つに絞ってあるこのシリーズ。
他の絵本と少し違った趣に、取り掛かる際には戸惑いはなかったのでしょうか?
「普段から動物の感覚を忘れないで生活をしたいと思っているんです。」
とたしろさん。
「色々な事が便利になっている今の時代ですが、だからこそ体の感覚を研ぎ澄ませて生きていきたいなと。」
そんな風に思っていた時に舞い込んできたのが、この「The Book of Sense」シリーズのお話。
「だから、このお話を頂いたときはすぐに面白いだろうな、是非やってみたいな、と思いました。」
このテーマで作品がつくれる事がとても嬉しかったと語るたしろさん、
戸惑いよりも、むしろワクワクする気持ちの方が強かったそうなのです。
■ 1作目『くんくん、いいにおい』では犬の気持ちになって・・・。
「The Book of Sense」シリーズでたしろさんが最初に手掛けられたのは「嗅覚」がテーマの『くんくん いいにおい』。おいしい匂い、楽しい匂い、懐かしい匂いから臭い匂い…。様々な場面で、様々な感情と結びついた「匂い」を描いているその表現に、小さな子ども達から大人まで多くの人々の共感を得ている絵本です。
初めの構想段階では、犬を主人公とした案でスタートしていたそうですが、
編集の田中さんより「犬になってください。」なんて注文もあったそうですよ(笑)。
『くんくん、いいにおい』
犬の嗅覚は人間の何万倍、聴覚もかなり優れていると聞きますね。一体どんな世界が見えているのでしょう。
たしろさん御自身も犬を飼われているそうで、日々沢山のスケッチをしながら観察したり、想像してみたり、彼の気持ちになってみながらラフ制作を重ねられたそうです。
そんなエピソードを想像しながら改めて『くんくん、いいにおい』を読んでみるとちょっと可笑しくなってきますね。
■ 新作『きこえる?きこえるよ』、画面から音が聞こえてくる様な絵を・・・。
一方、今回の新作『きこえる?きこえるよ』は「聴覚」がテーマ。
絵本の中で音をどんな風に表現するのだろう・・・と、色々想像しながら中を開いてみると。
まず意表をつかれるのが「文字がない」ということ!
ちょと大胆にも思えるこの表現方法。とても興味を惹かれたので、その経緯を聞かせて頂きました。
『きこえる?きこえるよ』
「まず最初は『くんくん、いいにおい』の時と同じ様に、身の回りにはどんな音があるだろうか・・・というメモを書く事から始めました。」
そして音を意識しながら、沢山のスケッチをされたそうです。
(浮かび上がるアイデアをスケッチしたり、ラフを描いている時は本当に楽しい、とおっしゃる時の
たしろさんは、とても目がキラキラと輝いていました!)
「ラフを描いているうちに、「画面から音がしてくる様な絵がいいなぁ」と思ったんです。そこからちょっと迷ったり、悩んだりし始めて。この段階では結構時間がかかりました。」
場面毎に何十枚ものラフを描かれたり、実際には使われなかった場面を描いたり、
それこそ順番がわからなく程たくさんのラフを描かれたそうです。
その出来上がってくる絵を見ながら、編集の田中さんと話しているうちに
「絵から音が聞こえたら、文字はいらないのでは・・・?」
という結論に結びついていったそうです。
「「匂い」、「音」など実体のないものを描く・・・という意味では たしろさんもかなり苦労をされたのではないかと思います。」と田中さん。
登場人物やものだけでなく、それをとりまく空気や雰囲気までも描かれている印象の強いたしろさんの作品ですが、このたくさんのスケッチの中から自然と生まれてくるものなのかもしれませんね。
■ 男の子の気持ちになって・・・
絵本の主人公は小さな男の子です。
聞こえてくる音にじっと耳をかたむける様子や、音を探しに行く様子、一方では自分で音をつくりだして楽しむ様子など好奇心旺盛でいきいきとした姿がとても印象的。
その姿を見ている私達も、思わず音の世界に惹きこまれていきます。
たしろさんご自身もきっとこんな子ども時代を過ごされたのではないでしょうか?
「はい、その通りです(笑)。特に意識をしている訳ではなかったのですが、やはり子どもの頃の体験、記憶がもとになっている部分は多いと思います。」
「スケッチやラフは、子どもの目線に下がって、男の子になりきって、
「どんな音が聞こえてくるだろう?」
「どんな音が聞きたいのかな?」
と考えながら描いていました。すると、自然に色々な場面が浮かんでくるんです。」
そんなたしろさんの描いたそれぞれの絵は、個人的な記憶の一場面の様でもあり、
でも読み手である私達の記憶まで一緒に呼び覚ましてくれる共通の記憶の様でもあり・・・。
■ すぐに出来上がった場面、試行錯誤を繰り返した場面・・・
この作品の一番重要なポイントとなっているキーワードが先程からも出ている
「音が聞こえてくる絵」。
なるほど耳を澄ませると、私たちの知っている様々な音が聞こえてくるようです。
そんな絵が実現しているからこそ成り立っているこの絵本ですが、
素人が聞くと何だかとっても難しい事の様に思えます。すんなりと描けるものなのでしょうか?
また特に思い入れのある場面(音)はあるのでしょうか?
「どの場面に一番思い入れがあるかと聞かれれば、それはどれも同じ位です。
でも、パッと思い浮かんでラフを描いてそのまますぐに出来上がった場面もあれば、
なかなか絵から音が聞こえてこなくて、試行錯誤を繰り返した場面もあります。」
例えば、すぐに出来上がったのがこの場面。
雨が傘を打つ音、長靴で地面を踏む音、雨が地面をたたく音・・・様々な音が聞こえてきそうですね。
しっとりした色、もやっとした雰囲気、見る人によってそれぞれの雨の日の記憶が呼び起こされる様な 奥行きの深さを感じる絵ですね。原画が見てみたい・・・。
反対にとても時間がかかったのが、こちら。音が流れていく街の中の場面です。
個人的(磯崎)には、この場面を見てすぐに沢山の音が自然に聞こえてきて、この作品のテーマを象徴するようなページだな、と思ったのですが、最初のラフを描いている時点では、なかなか画面から音が聞こえてこなかったのだそうです。
初めは、男の子が歩道橋の上から覗いている構図だったそうで、試行錯誤を繰り返すうちに、目線がぐっと下がって今のアングルになり「やっと聞こえた!」そうなのです。
また子ども達が大好きな電車の場面も、様々な案が出された上で今の場面に決定したのだとか。
どの位置で電車の音を聞くのか、子ども達にとっては大きな事ですよね・・・
結果的に大好きな音がたくさん聞こえてくる、とてもリアルな絵になっていますよ。
(実際に見てみてくださいね!)
■ 一人で楽しむ音、みんなで楽しむ音・・・
ここで編集の田中さんからとても興味深いエピソードを伺いました。
「これは全部描きあがってから気が付いた事なんですが。
この作品には男の子と一緒にサルが登場します。 でも、お父さんやお母さんがいるページや外出する客観的なシーンには姿をみせないのです。 サルは男の子にだけ見える心の友だちなんですね。
たしろさんに「わざとですか?」と聞くと「あっ、ほんとだ。」と。
意図的ではなく、知らずに描き分けていたんです。
例えば、遊んだり楽しんだりする時の音は「たくさんの音があるといいのにな」、
逆に自分だけの音、例えばお父さんお母さんの声などは「ひとりじめしたいな」、
そういう子どもならではの感性も自然と描き分けられていて、出来上がった後に凄く感激・感心してしまったのです。」
※このエピソードはグランまま社のHPに編集者裏話としても紹介されています。
こちらからどうぞ>>>
■ この絵本の楽しみ方を教えて頂きました!
そんなたしろさんと田中さんから、この絵本の楽しみ方のポイントを聞かせて頂きました。
一つ目は、こんな楽しみ方。
『くんくん、いいにおい』、『きこえる?きこえるよ』には、たしろさんの生活圏が描かれているのだそうです。
商店街だったり、制作時によく通っていたお店の名前だったり。
『きこえる?きこえるよ』には何と、たしろさんご自身も登場しています!
さて、どこにいるのでしょう。こっそりヒントを伺うと・・・
「私の一番大好きな場所で、大好きな動物の前にいます。」
とのこと。更に大ヒントを・・・
『ぼくうまれるよ』
絵本の内容詳細はこちら>>>
二つ目は、親子で読む時の楽しみ方。
「この絵本には文字がないのですが、文字がないからといって身構えないで読んで下さいね。
具体的な言葉があると、聞こえてくる音を方向づけてしまうこともあります。
でも、この絵本はそれぞれの人がそれぞれに聞こえる音を感じて欲しいのです。
題名の『きこえる?きこえるよ』の「きこえる?」は問いかけの言葉(大人の方)。
それに対して「きこえるよ」は答えるほうの言葉(子ども達)。
各場面でこの問いかけを繰り返して楽しんでくれれば嬉しいですね。」
確かに子ども達に、どんな音が聞こえるのか聞いてみたくなりますね。
子ども達というのは、大人が思う予想外の所を見ていたり聞いていたりします。
その思いもよらない答えを聞くのは驚きでもあり、喜びでもあったり・・・。
この絵本を通じて色々なコミュニケーションが取れるのではないでしょうか。
「男の子がどんな音を聞いているのか、ヒントの一つとして男の子の耳の方向を気にしてみても 面白いかもしれませんよ。」とのことです。それぞれの場面には2重にも3重にも様々な音がしかけられているそうです。
楽しみながら見つけてみてくださいね。
■ この作品を描き終えて発見したこと・・・
「普段絵を描くときには、音楽を聴きながらの事が多いのですが、 このシリーズの制作の時は、静寂の中で描いていました。」と振り返るたしろさん。
この作品を描き終えて、何か発見した事などはあったのでしょうか?
「絵本をつくっていく過程で、今までより更に感覚を磨かなくてはいけなかったので、 前は気が付かなかった事まで気が付くほど、自分が敏感になっていたと思います。 音というのは、こちらから聞きにいかないと聞こえない・・・という事も改めて感じました。」
作品を創りだしていく事で感じる世界が広がっていくなんて、とても素晴らしいことですよね。
さて、次回作として「The Book of Sense」シリーズ5作目が決まっているそうです。
次のテーマは「視覚色覚」。つまり目で感じることなのだそうですが、こちらもまた大きなテーマです。 今はアイデアを沢山出されてとても楽しい段階なのだそうが・・・。
出来上がりはまだ先になりそう?どんな「色」を見せてくれるのか、私達は楽しみに待っていましょう!
■ 生きているものを生きているように描きたい・・・
一つ一つの作品、それぞれに登場する動物達がとても生き生きと動き回るたしろさんの作品。
これからどんな作品を描いていきたいと思っているのでしょう?お伺いしてみました。
「生きているものを、生きているように描きたい。匂いがあるものは、匂いがあるように描きたい。
そんな風に、上手に描きたいという訳ではなく、描く対象「そのもの」が「そのもの」らしく 描けられるようになれれば・・・と思っています。」
そんなコメントを裏付ける様に、実際のものをスケッチされることにもとても熱心だそうで、
例えば「ぼくうまれるよ」では、動物園に頻繁に通われてかなり取材をされたそうですし、
「おんがくかいのよる」では、登場するねずみの小さな楽器を全て実際に作られてから描かれたのだそうです。
『おんがくかいのよる』
ねずみの視点に立った風景がとても面白いのです。絵本の内容詳細はこちら>>>
表現を奥深いものにしているのが、この様な熱心なスケッチの数々であることは勿論ですが、
何よりも、作品を描かれる時に登場人物「そのもの」になりきってしまえる 御本人のその鋭い「動物的な感覚」が一番の特徴なのでは・・・と、
とても感覚的な言葉で話されるたしろさんを拝見し、勝手ながら思ってしまいました。
最後にとっても心に残ったたしろさんの言葉をご紹介します!
好きな動物は?と聞いてみたところ・・・
「カバが好き。理由はカバだから。カバの全てが好きなんです。」
理屈ではなく、存在そのものが好きなのだそうです。
素敵な言葉です。
記念にパチリ。
たしろちさとさん、ありがとうございました。
絵本ナビユーザーの方に向けて、たしろさんがこんな素敵なメッセージを
描いてくださいました!!