山奥の村にも春が来た。花が咲き、小川にハヤが泳ぐ。村の子どもたちは野原へ飛びだしていく。
小さな男の子のタケには、おかあさんがいなかった。ときどきひとりで桃の木の枝に腰かけ、遠くを見ながら考える。
(おらのかあちゃん、どうしてしんじゃったのだろう。……ともだちにはみんなかあちゃんがいるのに……)
桃の花が咲き、山うぐいすがケキョケキョとなく。「あっ! おへんろさんだ!」
まるいまんじゅうがさ、白い着物。チリン、チリン……。鈴をならし、お経をとなえながら旅をするおへんろさん。
「ひとばんのおやど、ねがえませんでしょうかな、もし」
まんじゅうがさをぬぎ、タケの家の囲炉裏のほとりへあがったおへんろさんは、きれいなおばちゃんだった。
大雨のがけ崩れで、夫と子どもをいっぺんに亡くしたのだというおへんろさん。
タケは、まるでかあちゃんに甘えるかのように、おへんろさんとお風呂に入り、いっしょの布団で眠る。
一晩だけのふれあい。それでも、タケの心に残ったものは……。
やわらかな方言と、タケの心が伝わってくるやりとり。水をたっぷりふくんだ淡い色彩で描かれた、春の山里の暮らしに、きゅっと胸をつかまれるような魅力を感じるのは、日本人だからこそかもしれません。
四国88か所の霊場を順にめぐって参拝する「おへんろさん」を、むかしも今も大切にしている四国の人たち。
作者の半自伝長編童話『山のおんごく物語』(講談社)の一話を素材とし、1979年に絵本として刊行された『おへんろさん』が、数十年ぶりの新装復刊となりました。
作者の宮脇紀雄さん、そして富山の浄土真宗のお寺に生まれたという画家の井口文秀さん、ともに1900年代生まれ。
今から100年以上前にこの世に生を受けた方々が、なつかしい風景に心をこめ、絵本の形にして残したものです。
おへんろさんを通じ人と人とが心をかよわす、その尊さが、絵本をとおして私たちにやさしく問いかけてきます。
(大和田佳世 絵本ナビライター)
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