おさびし山に、一本のさくらの木がありました。
とおりかかった旅人が、木に「ちらない花はあるのですか」とききました。
さくらの木は「さいた花はかならずちります」
そう、こたえました。
ちった花はどこへいくのか。もう会うことはできないのか。
さびしくなってたずねた旅人に、さくらの木はこたえました。
「会えますとも。生命はめぐりめぐるものですから。また生命の花のさくときに、……そのときのために、出会ったことをおぼえていましょう」。
ところが、旅のおわりに、再びおさびし山をおとずれた旅人が見たのは、さくらの木の変わり果てた姿でした……。
切り倒され、ほかのものになってしまった木に、生命はあるといえるのでしょうか。
もう一度会うことは、かなわないのでしょうか。
宮内婦貴子さんのうつくしい言葉で綴られた「おさびし山のさくらの木」は、中学生の道徳教材にも取り上げられ、親しまれてきました。
このたび“旅する絵描き”いせひでこさんが絵を描きおろし、絵本作品としてあたらしく生まれ変わったのが本書です。
文章を読み、この桜はソメイヨシノよりもヤマザクラがふさわしい、と考えたいせひでこさんは、各地を旅し、桜を探してスケッチを重ねたそうです。
さくらの花も、人も、みじかい生命の旅をして、ふたたび生命のもとへかえっていく。
めぐる生命、めぐる色、めぐる光。
絵本をひらけば、いせひでこさんの祈りをこめたタッチが、光と水をいっぱいはらんでわたしたちの前にひろがります。
いせひでこさんファンの方は必見。
最後の一枚の絵を、どうぞ、お楽しみに。
緑みずみずしい、野の地を、あたらしいいのちがかけのぼっていきます。
(大和田佳世 絵本ナビライター)
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