戦時中、堺大空襲に巻き込まれた女の子の目を通して、戦争の残虐さを目の当たりにした、当時の記憶を語り継ぐ1冊。
大阪の大空襲のお話です。
絹ちゃんは6歳。4歳の弟と去年生まれたばかりの赤ちゃんがいて、魚のお父さんは戦争に行ってしまって…。
お母さんに叱られてばかりの毎日。「おかあちゃん、ごめんね」が口癖になってしまった泣き虫。
そんな中で、赤ちゃんが死に、お母さんも病気で寝込んでしまって、生活はどん底に落ち込んでいきます。
そして、大空襲…。
病床のお母さんは子どもたちを逃げるように、家から追い出すようにして外に出すと、自らは家に鍵を閉めて家にこもってしまいました。
子どもたちの命だけは助けたいと願い、子どもたちが家に戻ってこないように…。
混乱の中で絹ちゃんだけが助かり、お母さんは死体で見つかり、4歳のミチ坊は行方不明のままです。
これは、実在の浜野絹子さんの話を早乙女さんがまとめたお話です。
書かれた当時、浜野さんは42歳。
そして、浜野さんを助けるために自分の命を犠牲にしたお母さんは28歳という若さでした。
母親の寿命を一回り以上も超えていることに、感無量だったに違いありません。
私は、この母親の自己犠牲の精神と、28歳という若さに心打たれました。
絹ちゃんを叱ってばかりいたお母さんは、決して子どもが疎ましかったわけではないのです。
今は平和だから(?)、お母さん方にこれだけの心があるのだろうか。
そうあって欲しいと願うとともに、自分自身はもっと頼りないだろうと思ってしまいました。
すべては、戦争のせい、時代のせいかもしれません。
でも、親として学ぶものがここに書き記されているように思いました。 (ヒラP21さん 50代・パパ 男の子14歳)
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