中学二年生の少女、爽子。
その冬、爽子は父親の転勤にともなって、転校することが決まってしまいました。
二学期が終わるまで、あと二ヶ月。
なんとも中途半端な時期に決まった引っ越し。
しかし爽子は、そのことを残念とは思いません。
おかげで、とある思い切ったアイデアを実行に移すための口実ができたのですから……!
そのアイデアとは、二学期が終わるまでの二ヶ月、「十一月荘」に下宿させてもらうということ。
引っ越しが決まる一週間前、家から街並みを見つめる爽子の目にとまった、赤茶色の屋根の白い家。
それが「十一月荘」でした。
すぐ近所に、ひっそりとそこに建っていたその家を、爽子は見つけた瞬間にとても気に入ってしまったのです。
「そうよ。私、ぜったいにそうしたい。十一月荘に住みたい!」
そうしてほんの短いあいだだけ、爽子はその家の住人となります。
十一月荘の管理人、ノドカさん。
建築士で、きりりと美しい大人の女性、ソノコさん。
ちいさな女の子るみちゃんと、そのお母さんのフクコさん。
かっこいいけど皮肉屋な少年、コウスケ。
十一月荘の面々に囲まれた、今までとはまるきり勝手のちがう刺激的な日々のなかで、爽子はひとつの決心をします。
「私ここで、今まではやったことのない、何かすてきなことを、ちゃんとやろう」
そして爽子は、筆をとりました。
この世にたったひとつの、特別な物語をつづるために――。
初めの一章、見開きでほんの4ページにも満たないプロローグを読んだだけで、そのあまりにみずみずしく、そして軽やかな筆致に心うばわれるはず。まだ見ぬ世界やあたらしい出会いに想像をふくらませ、そのことへの不安におびえたり、楽しみに胸をおどらせたり、そんな生き生きとした心のありようが、やさしく胸に流れこんできます。
登場人物の心をなぞり、まるで自分のことのようにうれしくなったり、悲しくなったり――そんな読書の根源的なよろこびにあふれた本書ではありますが、ここでご紹介したいみどころは、中学生の少女の視点からとらえた「おとな」というもののイメージと、その変化です。
「ぱっと大人になったわけではないとわかっているのに、三十歳の人には三十歳の、四十歳の人には四十歳の、その時の時間しかないような気が、どうしてもしていたのだ。それまでの時間など、ビデオの早送りのように、あっけなく過ぎたような、そんな気が。でも、それは絶対にちがう。いつの時も、その時その時が、一番新しい現実で、明日以降は、不安な未来だったのだ。今日と同じように――」
そして、離れてみてはじめてわかる、ひとりの女性としての母親のこと――。
「爽子は、ここに来て以来、なぜか母親のことをたびたび思った。かなり批判的な気持ちと共に――。あの人には嫌なところがいっぱいあった……。だがそう思いながらも、何だかもったいなく、それにかわいそうにさえ思われて、はっぱをかけたいような気分に、しばしばなったのだ」
十一月荘の面々と過ごす日々のなかで、爽子はおとなというものに持っていた考えを変えてゆき、そしておとなたちもまた、爽子とのふれあいにより「おとな」である自分のことを見つめ直していくのです。
みずみずしくゆれうごく、ひとりの少女の心と、その成長。
もしも爽子と同じ年の頃にこの物語とであっていたら――世界の見え方をどんなふうに変えてくれただろう。
そんなふうに思わせてくれた一冊です。
(堀井拓馬 小説家)
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