フェリシモ出版の「おはなしのたからばこ」シリーズ20巻は、今江祥智さんが50年以上前に執筆された童話が、宇野亜喜良さんの妖艶で美麗な絵で新たに生まれ変わった『きりの村』。
むかしむかし、深い霧の底に沈む、静かな村がありました。
村では毎朝霧のなかから、美しいマリつき歌が聞こえてきます。
歌っているのは、村に住む少女、千江。
ある日千江がいつものように霧のなかでマリをついていると、見知らぬひとりの少年が現れました。
千江についてくるよう頼む少年。
千江が彼のあとにつづき、深い霧の奥へ、奥へと進んでいくと……。
物語全体に漂う、牧歌的でありながらもどこか寒々しい気配に覆われた雰囲気が、宇野亜喜良さんの絵と合まってより際立っています。
指先に差した朱が冷たい朝の空気を匂い立たせ、ぞくりと寒気すら覚える千江の目元が、霧に閉ざされた山間の風景を妖しく暗喩しているようにも。
また、ときおり挟まれる、文章のない絵だけの見開き。
これが良い意味でのひっかかり、「間」を作り出していて、不吉さと幻想的な雰囲気とのあいだで、絶妙に物語の印象のバランスをとっています。
そしていちばんのみどころは、ページに残された大きな余白の味わい。
この絵本における色のない部分は、「余白」というよりもむしろ、あえて白く塗ったとも信じられるほど効果的に、広く、深く、冷たく霧に沈む、村の空気を描き出しています。
不思議な魅力を備えた絵で描かれた、土着な背景を感じさせる昔話的な物語の絵本として子どもたちに楽しんでもらえるのはもちろん、大人だからこそ味わえる深みをも備えた、少し渋めの一冊です。
(堀井拓馬 小説家)
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