おおきくなったらきみはなんになる? おおきくなったらきみはなんになる?
文: 藤本 ともひこ 絵: 村上 康成  出版社: 講談社 講談社の特集ページがあります!
卒園・卒業というたいせつな時期の子どもたちへ送る、応援歌(エール)です。
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絵本ナビホーム  >  スペシャルコンテンツ  >  インタビュー  >  「ことばのひろば」シリーズ 『は・は・は』西内ミナミさん、編集者・本多慶子さんインタビュー

東君平さんは「ニシウチさん、ぼくはアイウエオを書キクケコ」って言ったのよ。

───今回の『は・は・は』をはじめとした「ことばのひろば」シリーズのきっかけとなった月刊誌「ことばのほん」についてうかがえますか?

西内:「ことばのほん」は当時、学校用教材や学習参考書を出版していた暁教育図書が、幼児のために学習の本を作りたいとはじめたシリーズだったんです。その企画を担当されていたのが宮沢秀男さんという編集者で、宮沢さんから絵本作家の織茂恭子さんへ、「『ことばのほん』の編集をしてくれないか」と依頼があったのですが、織茂さんは編集のお仕事などされたことがなかったから、困ってしまって私に相談したの。私は、元々コピーライターとして働いていたから、企画には興味はあったんだけど、編集となるとね……。それで、『ぐるんぱのようちえん』のとき以来の友人で、「編集のプロ」である本多慶子さんに声をおかけしたんです。

───本多さんはそのときすでに福音館書店を退職されて、フリーの編集者として活躍されていたのですか?

本多:そうですね。それと、子育ての真っ最中でした。当時、うちの子どもは中学受験を控えていました。そんなときに西内さんから「ことばのほん」の仕事の相談をされて、毎月発行するうえに、60ページもあるでしょう。とても私ひとりでは無理だと思ったので「西内さんもやってくれるならやるわ」って言ったんです。

西内
:私は本多さんが手伝ってくれれば百人力だと思って、早速、二人で暁教育図書の宮沢さんを訪ねました。そうしたら、宮沢さんが「自由にやってください」とおっしゃったんです。だから私たち、自由にやりましたね(笑)。

───そうして、1979年の4月から翌年3月までの毎月発行にプラスして、特別巻2冊、計14巻の「ことばのほん」シリーズがスタートしたんですね。宮沢さんから企画のお話が来てから、発売までの制作期間はどのくらいあったのですか?

本多:たぶん3か月もなかったんじゃないかしら?

西内:そうそう、時間がないうえに、絵本というものは制作を依頼してもなかなか出来上がってくるわけがないので、最初の号は、私がパパッとおはなしやアイデアなどをまとめて書いたのよ(笑)。

───「ことばのほん」は毎号、最初に読み切りの絵本があって、さとうわきこさんの「わっこおばちゃんのしりとりあそび」と、「あいうえお」を学ぶ、東君平さんの「としちゃんのべんきょう」という連載、そして大人向けの連載として、「幼児と言葉」「園のレポート」「家庭のレポート」など盛りだくさんな内容ですね。これを宮沢さんも加えた3人で作られていたなんて驚きです。

西内:宮沢さんがとてもおおらかで、懐の深い優しいお人柄でね、私たちが出す企画を「いいね、いいね」ってなんでもやらせてくれたんです。それに、当時、和歌山静子さんやせなけいこさん、織茂恭子さんなども若くて、「何か仕事ない?」という感じだったから、いろいろ無理を聞いてくださったんですよ。本多さんは福音館書店の名編集者だったでしょう。だから、本多さんの仕事での人脈と、私がふだん仲良くさせていただいている人脈をフル活用して、この月刊誌を作りました。

───かこさとしさんや、まついのりこさん、谷川俊太郎さんも参加されていて、今考えると、信じられないくらい豪華な面々が登場していたことに驚いています。

本多:そうですね。メールはもちろんファックスさえない時代でしたから、あちこち電話をかけまくりましたね。

───本多さんはお子さんが中学受験の年だとおっしゃっていましたが、受験生を抱えながら、月刊誌のお仕事をされるのは大変ではなかったですか?

本多:私だけでなく、西内さんもお子さんが高校受験の年だったんですよ。

───そうなんですか? お二人とも働くお母さんで、さらにお子さんが受験……、そんな中、月刊誌を作っていたなんて、相当ハードだったのでは?

本多:そうですねぇ。子どもの中学受験で、試験会場で待っているときに、「ことばのほん」の校正をしていたことはありましたね。

西内:うちは1年間、夕ご飯は丼ものでした(笑)。肉も野菜もいっぺんにとれるでしょ。息子は、「よその家では受験生は勉強していると夜食が出るとか聞くけれど、うちはご飯が炊けていない晩は、駅前のレストランに呼び出されるんだもの」って、よくこぼしていました。

───それでも、依頼が来たときに断ろうとは思わなかったんですね。

西内:なぜかしなかったのよね。

本多:やっぱり好きだったんじゃない。何とか子どもの受験と月刊誌を両立できるんじゃないかと思っていましたから。

西内:私たちって、古いタイプの働く女性として、男の人に負けずにやってきたから、「無理は当たり前のこと」って思ったのかもしれませんね。今の時代は、男の人でも子どもの病気などで休むことができるようになってきているけれど、当時は、家庭のことを理由に休むなんてことはなかなか言えませんでした。私も、本多さんもそういうときは「ちょっと用事があって……」って断って、お休みしていました。でもその用事は家の子どものことだったりしてね(笑)。

本多
:私たちの世代ってそうやって仕事をしてきたの。家の中ではいろいろなことが起こっていたけれど、それを外に出すことはしなかったわね。

───本多さんと西内さん、お二人とも働くお母さんで、当時、受験生のお子さんがいた。同じ環境の仲間が隣にいたから、月刊誌という大変な仕事も引き受けようと思われたのかもしれませんね。

西内:そうね、私たち、いつでも「ふたりは ともだち」。アーノルド・ノーベルね(笑)。あまりケンカすることもないし、価値観や、これは良いねというものが似ているの。だから、大変だったけれど、楽しみながら取り組めたのかもしれないわね。

───特に思い出に残っている制作エピソードなどはありますか?

西内:いろいろあったけれど、真っ先に思い浮かぶのは東君平さんにお願いできたことですね。当時、君平さんは出版社に対して、距離を置いているところがあって、ご自身が仕事をする出版社をとても慎重に選んでいらっしゃいました。なので、君平さんに「あいうえお」の連載ページをお願いしたいということは、早い段階から決まっていたのですが、すぐに受けていただけるとは、私も本多さんも思っていなかったんですよ。案の定、なかなか返事をいただけなくて、もしかしたらダメかな……と弱気になったとき、我が家にひょっこり君平さんがやってきたんです。それで、玄関のドアから、ちらっと顔をのぞかせて「ニシウチさん、ぼくはアイウエオを書キクケコ!」って、にこって笑っておっしゃったんです。

───ステキ!

西内:もう私、うれしくって、うれしくって、「君平さん、ビールでも飲んでいって」って言って、家に上がってもらい、冷凍庫に入っていたチリ産のアワビを急いで解凍して、出しました。そのことがずいぶん印象に残ったらしくて、君平さんはしばらく、「西内さんちは、毎日高級なアワビをおかずにしている」と言いふらしていたのよ。(笑)

本多:そんな感じで「あいうえお」の連載をお願いしたんだけど、どういうわけか、暁教育図書の宮沢さんと君平さんがとても仲良しになってしまってね。まだ決まっていなかった表紙を宮沢さんが依頼して、描いていただけることになったんです。


「ことばのほん」表紙の原画。黒い紙から切り出されている。

───パッと目を引く、印象的な表紙ですよね。回文になっているのも、とても面白いと思いました。

西内:表紙を回文にするアイディアは君平さんからの発案だったらしいのよ。

廣済堂あかつき:今回、シリーズタイトルの文字を君平さんの書き文字で作らせていただくにあたり、娘さんである絵本作家の東菜奈さんにご挨拶にうかがいました。そのとき、「この表紙の回文を私たち姉妹も一緒になって考えたのよ。採用されると、手を描いたイラストに50円玉をのせて、机に置いてあったの」と話してくださり、すてきだなあと思いました。

西内:「ことばのほん」のエピソードはほかにもいろいろあるけれど、よく覚えているのは片山健さんね。私も本多さんも片山健さんの絵が好きで、「ことばのほん」にもぜひ協力してほしいと思っていたんです。でも、その頃、片山さんは児童書の世界から姿を消してしまってね、細密画のようなタブローを描いていたの。そうしたら、「園のレポート」をお願いしていた福知トシさん(当時の井の頭保育園園長)から、「うちの園に絵本を描いていたお父さんがいらっしゃる」とうかがって、それがたまたま片山健さんだったんです。片山さんもお子さんが生まれたばかりで、そろそろ子どもの本を描きたいなと思っていたそうで、めでたく「もりへいったすとーぶ」(神沢利子作)に絵を描いていただくことができました。

───タイミングがピッタリだったのですね。

西内:しばらくして、片山さんから絵ができたと連絡が来たので受け取ったんだけど、喫茶店で原画を見てビックリ! 絵と絵がくっつくんじゃないかってくらい、油彩で塗りこめた原画をドンと渡されたんです。

本多:この後くらいから、片山さんのパワーは爆発して、「こっこさん」シリーズをはじめ、『タンゲくん』(ともに福音館書店)を発表されるなど大活躍となったのよね。

廣済堂あかつき:実はこの「ことばのひろば」シリーズの企画が生まれるきっかけが片山さんなんです。片山さんに弊社の「すこやかな心をはぐくむ絵本」シリーズの依頼をしたとき、「ぼくは若いころ、暁教育図書の仕事をして、ずいぶん助かったんだよ」とおっしゃったんです。後で調べてみて、それが「ことばのほん」だということを知りました。倉庫に眠っていたシリーズを引っ張り出して見てみたら、日本の絵本界を牽引してきた作家、画家の作品がたくさん掲載されていて驚きました。ぜひこれを、今の子どもたちにも届けたいと思い、西内さん、本多さんにご相談したのです。


「ことばのほん」シリーズ全14冊。

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西内ミナミ(にしうちみなみ)

  • 1938年京都生まれ。東京女子大学卒業。在学中より児童文学創作を志すが、広告会社にコピーライターとして約10年勤務。堀内誠一氏のすすめにより、はじめての絵本「ぐるんぱのようちえん」を書く。「おもいついたらそのときに!」(こぐま社刊)、「しっこっこ」(偕成社刊)、「ゆうちゃんとめんどくサイ」(福音館書店刊)などの作品がある。

本多慶子(ほんだけいこ)

  • 元・福音館書店編集者。「ぐるぱのようちえん」(西内ミナミ作 堀内誠一絵)、「ねずみじょうど」(瀬田貞二作 丸木位里絵)、「いやだいやだの絵本」シリーズ(せなけいこ作・絵)、「ピーター・ラビットの絵本」シリーズ(ビアトリクス・ポター作 石井桃子訳)などを担当。フリーランスになってから手がけたものに、まど・みちお「うたうたうたう」シリーズ(スズキコージ絵 童心社)、漢字の本シリーズ(下村昇著 まついのりこ絵 偕成社)など多数。ほかに「子どもの本1920年代展」「クヴィエタ・パツォウスカ展」「ブラティスラヴァ世界絵本原画展」(2000〜2004年)などの図録も手がける。

作品紹介

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作・絵:せな けいこ
出版社:廣済堂あかつき
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