「くれくれくまちゃん」は、なんでも、自分の思う通りでないと気がすまないくま。「ぼくのいったとおりにして」「いきたいところにつれてって」といつも命令している姿は、なんだか誰かみたい、ひょっとして、ウチの子かも……? と感じる方も多いそうです。今回は、『くれくれくまちゃん』(タイトル)の翻訳を手がけた成瀬まゆみさんにインタビューを行いました。 「まずは、お子さまの、そして、ご自身の中の、くれくれくまちゃんを否定しないでほしい」と語る成瀬さんに、この本への思いと、翻訳での苦労などを伺いました。
- くれくれくまちゃん
- 作・絵:ディヴィッド・ホーヴァス
訳:成瀬まゆみ - 出版社:タイトル
くれくれくまちゃんはいつもわがまま。口を開けば、「あれ、くれ!」「これ、くれ!」人との関わり方はそれしか知りません。当然クマちゃんはひとりぼっち。ただカメくんだけは、「いいよ」と言ってくれました。そのとき、くれくれクマちゃんは変わったのです・・・。
●一目見て、この絵本を翻訳したいと思いました。
───『くれくれくまちゃん』は、2007年にアメリカで出版され、2008年には日本でも出版されました。成瀬さんはこの作品とどのように出会ったのですか?
当時、私は大学で英語を教えながら、翻訳の仕事もしていました。そんなある日、翻訳されていない絵本のコーナーでこの『くれくれくまちゃん』を見つけました。不思議な絵と、不思議な終わり方に、この絵本のメッセージが必要な人がたくさんいると感じて、自分の手で翻訳して、必要な人に届けたいと思いました。
───ご自身で翻訳したい作品を見つけたんですね。
そうです。翻訳を頼まれることもありますが、今回の絵本は、自分で見つけました。
───『くれくれくまちゃん』のどんなところが、特に気に入られたのですか?
まず、絵のかわいさですね。明るいブルーの表紙の真ん中にぽつんと立つくれくれくまちゃん。そして、他のページも、色合いが派手であるにも関わらず、とてもシンプル。力強さを感じました。
───おはなしを最後まで読んでみて、最初の印象は変わりましたか?
とてもいい意味で変化がありました。最初、くれくれくまちゃんはとてもわがままで「あれもくれ!」「これも欲しい!」と周りに命令するんです。でも、思うどおりに行かず、周りの人たちから冷ややかな目線を向けられてしまいます。それでも、くれくれくまちゃんはまったく動じず、エスカレート! ついに、一緒に遊んでいた友だちも去ってしまう……。
───言葉で聞くと、ちょっと切ない話ですが、絵本から悲壮感を全く感じません。むしろ、明るい背景と彩色の鮮やかさで、ポップで軽やかな印象を受けました。
そうですね……。この鮮やかな色遣いがいいですよね。それぞれのページの背景もとてもカラフル。たくさん色を使っているのに、絵がケンカをすることなく、華やかでかわいい印象にしているのは、デザイナーでもある作者のディヴィッドさんの才能だと思います。
───デジタルで描かれているのですが、くまちゃんの輪郭が手描きの線のようなゆれが生かされていて、とてもあたたかいタッチに感じました。
私も同じように思いました。「くれくれくまちゃん」はとにかく自分が一番でなければ気のすまない困ったくまちゃんです。でも、読んでいると、そのわがままがどこか愛らしく感じてくるんです。
───たしかに、ときどき突拍子もないことを言っているんだけど、そのときの表情やしぐさがなんだか憎めないですよね。成瀬さんが特に好きなくれくれくまちゃんの仕草はどれですか?
そうですね……。どれも好きですが、絵を見て楽しいなぁと思うのは「はやくしてよ〜!」の場面。こういうシーンって日本でもよくありますよね。
───行列がなかなか進まなくて、イライラしてしまうことですね。
普通なら、イライラしても黙って列が動くのを待っているのですが、くれくれくまちゃんは大声で「はやくしてよ〜!」と言ってしまいます。その列の人を見ると、くれくれくまちゃんの声が届いている人と、届いていない人が明らかに分かるんですよ。
───本当だ! 前の方の人にはくれくれくまちゃんの声は届いていないですね。後ろの方の人は、ちょっと迷惑そうな顔をしています。
並んでいるキャラクターの表情や動きだけで、何となくそのキャラクターの心情が分かるのは、絵本の魅力だと思います。それと、カタツムリに「もっといそいで!」と言っているくれくれくまちゃんも好きです。カタツムリは十分急いでいるのに、なかなか厳しいですよね。(笑)
───たしかに、汗をかきながら進んでいますね。よーく見ると、同じ「くれ!」という言葉でも、くれくれくまちゃんの表情が微妙に変わっていて、どんな気持ちで言っているのかいろいろ想像できそうです。
本当ですね。そして、サンタクロースが配るプレゼントを「ぼくに、ぜ〜んぶ、くれ〜!」と言っている場面なんかは、「くれくれくまちゃん」という名前にピッタリですね。
───原書では「BOSSY BEAR」となっていますが、成瀬さんはどうして「くれくれくまちゃん」と訳したのでしょう?
「BOSSY BEAR」、直訳すると「偉そうな」となるのですが、「BOSSY」と「BEAR」が「B」で韻を踏んでいるのが気に入っていたので、そういう表現を踏まえることができないかなと考えていたんです。そこで思いついたのが「くま」と韻を踏んでいる「くれくれ」という言葉でした。
───絵本の表紙を見ただけで、くまちゃんの性格が分かるピッタリな言葉だと思いました。「くれくれくまちゃん」と「く」が連続して使われているのもリズミカルですよね。そのほか、翻訳するときに苦労したところなどありますか?
絵本を読んだときに感じた印象が素直に伝わるように、そして「くれくれくまちゃん」のキャラクターがより際立つように言葉を考えました。子どもが耳にしたとき、普段自分たちが発している言葉に近いように、くれくれくまちゃんが本当にしゃべっているように、そしてそれと同時にユーモラスに感じてもらえるようにしました。
───絵本には英語と日本語の両方が載っていますが、そこも成瀬さんのアイディアなのですか?
はい、出版社の方と話し合って決めました。原書がとても短い文章で書いてありましたので、両方載せるスペースがあると思ったのと、日本語と英語が掲載されていれば、お子さんが英語も学べるし、お母さん、お父さんが英語を教えることで、親子でさらなるコミュニケーションがとれると考えました
───学生に英語を教えていた、成瀬さんらしい考えですね。
ありがとうございます。(笑) 英語を知っていると世界が広がりますからね。