共働きの家庭が増えている昨今。それは、お医者さんの世界も同じことです。今回ご紹介する『ママドクターからの幸せカルテ 子育ても仕事も楽しむために』(西村書店)は、アメリカ・シアトル小児病院のウェンディ・スー・スワンソン医師が書いた、子どもの健康や病気、親の生き方についての本です。
子どもの健康や病気は親にとって最大の関心事。小児科医で、2人の子どもを育てている著者が書く文章には、子どものことばかりでなく、子育て中の親を同志として応援する気持ちが溢れています。
発売を記念してこの本の監訳を担当された、産婦人科医の吉田穂波さんにインタビューを行いました。ご自身も3歳から12歳まで5人のお子さんの子育て真っ最中という吉田さんの、ママドクターとしての子育て術にも注目です。
「予防接種は本当に安全?」「良い母親とは?」「正しい育児法は?」「母親になるとはどういう意味?」「自分にとっての公私のバランスって?」――子育てをしている人なら誰でも、こうした悩みや迷いを多少なりとも感じたことがあるはず。もちろん、著者もその一人です。 発熱や感染症、日焼け対策、予防接種、事故や怪我の予防から育児法についてや子育てと仕事とのバランスのとりか方まで、本書で扱われている94のトピックは多種多様。それらに対する著者の考え方や意見は、子どもも親も幸せでいるためにはどうすればいいのかを見つめ直すきっかけとなることでしょう。
●この本は、多くの現役ママドクターの方々の力でできたものです。
───『ママドクターからの幸せカルテ』は、「予防接種は本当に安全なの?」「正しい育児方法は?」など、ママなら誰もが感じるような悩みに対して、小児科医でありママである著者、スワンソンさん自身の体験や、医師としての考えがまとめられています。
吉田さんはこの作品とどのように出会われたのでしょうか?
2015年ごろだと思いますが、私が尊敬する徳田安春先生(現・臨床研修病院群プロジェクト群星沖縄センター長)のご紹介で、この本の翻訳のお話を頂きました。「ママドクターといえば、吉田先生でしょう」と徳田先生から推薦され、有頂天になった私は早速、原書を読み始めました。そして、この著者の考え方に大きく共感し、まるで気が合う友人を見つけたかのように感じたのです。
それまで私は、こんなに等身大、かつ親しみのある語り口で、子育てや子どもの健康、そして親のワークライフバランスについて書かれたママドクターの本を読んだことがありませんでした。私たち専門家の弱点は、正論を伝えようとするとどうしても押しつけがましくなってしまったり、「上から目線」と受け取られたりしてしまうことです。でも、この著者は、子どもの病気の予防や健康で安全な環境について、とても親しみやすい文章で、自分も同じ母親として理解できるけれど、科学的にはこのように証明されている、と多くの研究や根拠に基づいたアドバイスを伝えているのです。
───本書は、元日本小児科学会の会長である五十嵐隆さんが総監訳として関わられています。吉田さんも監訳を担当されていますが、どのような流れで、この本の制作は進んだのでしょうか?
この本は、五十嵐先生と私だけでなく、多くの現役ママドクターの方々の力でできたものです。
───本の最後のページの「訳者一覧」を拝見すると、小児科の先生だけでなく、外科や内科など、幅広い分野の先生が訳者として関わられているんですね。どのようにして、この方たちへ翻訳を依頼されたのですか?
私の憧れの女性医師で、大西由希子先生(現・朝日生命成人病研究所)という方がいらっしゃいます。その先生が「ママドクターの会」というコミュニティを立ち上げて、ママドクター同士が定期的に会ったり、勉強したり、お喋りをしたりという場を提供してくださっていました。
私がこの翻訳の話をいただいたときに真っ先に思いついたのが、このネットワークを活かして、私だけでなく、多くのママドクターの力をお借りして翻訳することでした。仲間と一緒なら、この分厚い本の翻訳も、もっと楽しくなるのではと考えたのです。そのため、まず、「ママドクターの会」のメーリングリストに、この翻訳の企画をお伝えして、翻訳をしていただける方を募集しました。すると、私が考えていたよりも多くの方々から協力します、とお返事をいただきました。
次に、全員に94章分の目次リストを送り、どのページを担当したいかを伺いました。皆さんの希望を取りまとめ、担当項目を整理し、調整を行いました。最終的に17名の方に翻訳をお願いすることが決まり、担当箇所の原文をデータでお送りして、翻訳をお願いしました。
───現役ママドクターの力で翻訳するというのは画期的な取り組みですね。
そうですね。この本はひとりのママドクターによって書かれた本ですが、そのきっかけとなったのは、シアトル小児病院の協力を得て開設された「シアトル・ママ・ドック」というブログです。ここで、患者さんから届いた日々のいろいろな不安や質問に、母でもあり医師でもあるスワンソン先生が答えています。
そういうやり取りの中から生まれた本なので、母親視点を持ち医師でもあるママドクターの方々に訳していただきたいと思いました。
───たくさん訳者がいらっしゃるということは、文章から受ける印象もバラバラになってしまいそうですが、そのような感じは全くせず、とても読みやすかったです。
調整する中で、やはりいろいろ考えられたのでしょうか?
訳された文章そのものというよりも、この本を読む読者の方を想定して、病気や健康の内容を難しく感じさせないようにしようということを、編集担当の方と決めていました。
原作者も医師で、翻訳者も医師だと、無意識のうちにいつも使い慣れている医学用語をそのまま直訳してしまうことがあります。専門的な医学用語をそのまま使う方が正確といえば正確なのですが、本を手にされるお母さんやお父さんたちがイメージできないような言葉で意味が通じなくなってしまわないよう、読みやすさの方を重視しました。
───なるほど。どう伝えるか、どう伝わるか、ということにとても気を遣われたんですね。
子どもの健康は親の精神状態にも大きな影響を及ぼすので、子どもの病気に関する正しい知識を持つということは親が生きる上でとても大事な要素です。この本にはアメリカの現役小児科医やアメリカ小児科学会が自信を持って勧める予防法や、病気に関する知識と対処法がたくさん載っていますので、できるだけ多くの親御さんに知ってほしいと思いました。
難しそうな医学書として手元に置いておくのではなく、日常生活で気軽に手にとって読めるような、お守り代わりに持っていて親子を安心させるような本にしたいと思い、読みやすい訳を心がけました。
───読みやすさの中にも、ちゃんと、大切なところ、例えば発熱への対処法や薬についての知識など、スワンソン先生の意見がしっかりと押さえられていますよね。何より、ママドクターという立場から、スワンソン先生が子育てに格闘している様子や医療についての情報が、ご自身の言葉で語られているのも、今までの子どもの医療の本にはない新しい切り口だと思いました。
私も現役で子育てをしている身として、育児や子どもの病気のことで、日々悩みを抱えているスワンソン先生の考え方にとても共感しました。
また、この本には医療のことだけではなく、ママ友とのやり取りや生きる姿勢、子育てと仕事と家庭のワークライフバランスについてもページが割かれているので、働いている、いないにかかわらず、子どもを持つお母さん、お父さんたちすべてに当てはまる要素が詰まっていると思います。
───吉田さんは、スワンソン先生とお会いになったことはあるのですか?
残念ながらありません。ただ、TED(※)で講演をされている動画を拝見しましたし、この本に書かれていることを拝読して、とても身近な存在のように感じました。
※TED……様々な分野の第一線で活躍する人物を講師として招き、プレゼンテーションを開催している団体。カンファレンスの模様は、インターネットを通じて全世界に公開されている。
───例えばどんな部分ですか?
スワンソン先生は一貫して、医師と子育て中の親の間の、病気に関する知識のギャップをなくしたいという思いで行動されています。医師や看護師だけでなく、身近な親や保育者こそ、子どもたちにとって一番身近な支え手であり、ケアをする人です。
私も日ごろから、子育てにかかわるどんな方にも正しい医療の知識を持ってほしいと思っていたので、とても共感しました。そして、私だけでなく、スワンソン先生の思いに共感した多くのママドクター達の手によって、この本が完成したことはとても嬉しいです。