「あかちゃんといっしょに作ったあかちゃんのための絵本」シリーズは、月齢8〜13カ月のあかちゃんの反応を研究、分析し、本物のあかちゃんが選んだ色やキャラクターを使って誕生した絵本シリーズです。2017年7月に、シリーズ第一弾となる絵本『もいもい』『うるしー』『モイモイとキーリー』の3冊が同時出版されました。今回は、監修を務めた東京大学あかちゃんラボの開一夫教授と、それぞれの絵本を担当した絵本作家の市原淳さん、ロロンさん、みうらし〜まるさんにお話を伺いました。
●あかちゃんの声を聴いて作った、はじめての絵本シリーズ誕生!
───「あかちゃんといっしょに作ったあかちゃんのための絵本」。とても気になるシリーズ名ですが、この絵本の企画はどのような経緯でスタートしたのですか?
開:子どもが生まれてから、よく書店で絵本や児童書のコーナーに行くようになったのですが、あかちゃん絵本は基本、ひとつのコーナーにまとまっているんですよ。そこに並んでいる絵本を見ると、「あかちゃんが選んだ絵本」というような帯がついていることが多いんです。でも、そのような絵本の中で、本当にあかちゃんが選んでいる絵本はどれくらいあるのだろう……。例えば「あかちゃんは赤や青など原色が好き」とよく言われていますが、本当に原色が好きか、あかちゃんに聞いた人はいませんよね。
───たしかに……。
開:「あかちゃんが選んだ」と言いながらも、結局は、お父さんやお母さんなど大人が選んでいるんじゃないだろうか……と思ったんです。それなら私が、本当にあかちゃんが選んだ絵を使って絵本を作ろうじゃないか! と思ったのが、この企画のきっかけでした。
───その思いはいつごろからお持ちだったのですか?
開:もう10年近くになると思います。当時、児童書の出版社に企画を持ち込んだりもしたのですが、ほとんど相手にされず……。そんなとき、私の研究室で学んでいた学生が、ディスカヴァー・トゥエンティワンでインターンをしていて、そこの干場社長を紹介してくれました。2014年ごろのことでした。社長に話をしたら、私の思いに強く共感してくださり、世界初ともいえる「あかちゃんといっしょに作ったあかちゃんのための絵本」を作る企画がスタートしました。でも、それからが大変だったんです。
───……というと?
開:まず、どうやってあかちゃんの反応を調べるかを決めなければいけない。いろいろ話し合った結果、選択注視法という方法で調べることになりました。選択注視法とは、あかちゃんの視線がどこを向いているかをデータ化して、より長く見ていたものを選ぶというものです。
次に、実験に参加してくださる画家さんを選ばなければいけません。山のようなファイルの中から、タイプの異なるイラストレーターさんを募り、企画に参加してもらえないか打診しました。
そして、「“もいもい”という語感のイメージから連想される形を描いてください」と「“うるしー”という名前の見習い手品師の絵を描いてください」という依頼をさせていただきました。,.
───「もいもい」と「うるしー」は、何か意味がある言葉なのですか?
開:その言葉を選んだ意味は特にないのですが、耳にしただけではその意味が分からない言葉を選びました。あえて種明かしをすると、「うるしー」は私にディスカヴァー・トゥエンティワンさんを紹介してくれた学生のあだ名です(笑)。「もいもい」はフィンランド語のあいさつの言葉なんですよ。
───そうして、提出されたイラストをあかちゃんたちに見せたのですね。
開:はい。まず画面に絵を並べて見せて、あかちゃんがどこに注目するかを調べます。次に、絵本は声に出して読んでもらうものなので、「うるしーだよ」「もいもい」という声を流し、同時に絵を見せます。そうすることで、あかちゃんの視線がどう変わるのか、何に注視するのかを調べました。
───何人くらいのお子さんで選択注視法を行ったのですか?
開:最初は2歳くらいの子に見せたのですが、あまり明確な結果が得られませんでした。そのため、月齢を下げて、何度も何度も実験をしました。たくさんのあかちゃんに協力してもらい、結論を出すのに、1年近くかかりました。
───1年も! そして、見事あかちゃんに選ばれたのが、市原淳さん、ロロンさん、みうらし〜まるさんの3名なんですね。
開:当初、「もいもい」と「うるしー」の2冊の絵本を出版する予定でした。「もいもい」の音を聞いたときに、あかちゃんの視線を集めたのは、みうらし〜まるさんのイラスト、「うるしー」の音を聞いたときに視線を集めたのは、ロロンさんのイラストでした。ところが1枚だけ、音を流さずに絵を見せたとき、ほかのどのイラストよりもあかちゃんの視線を集めるイラストがあったんです。それが、市原淳さんに描いてもらった「もいもい」のイラストでした。その圧倒的な注視力を無視することができず、急遽、市原さんにも絵本を作っていただきたいと打診をしたんです。
───市原さん、ロロンさん、みうらさんは、この企画を聞いたとき、どう思いましたか?
みうら:企画の意図は理解したのですが、そうやって選んだ絵で、本当に絵本ができるのか半信半疑でした。ただ、そのときはまさか自分が選ばれるとは思っていませんでしたからね。チャレンジする感じで作品を提出しました。
ロロン:ぼくも同じ感じですね。ただ、音から絵をイメージするのは面白いと思いました。
───みなさん、それぞれ個性的な絵を提出されていますが、どんなことを考えて、この絵を描いたのですか?
市原:ぼくは「もいもい」という言葉から、「もい」と「もい」の2つのキャラクターをイメージして描きました。出版社さんから、顔を描くなど、キャラクターとして分かりやすいようにはしないでほしいといわれていましたから、色を分けて、なんとなく生命体に見えるような模様をデザインしました。
開:実は、市原さんの絵を見たときから、「これは、あかちゃんが好きな絵だぞ」という印象を持っていました。市原さんがおっしゃったような、疑似的な目のようなデザインは、すごく目を引くんですよ。しかもバックが黒いでしょう。黒の中に、赤と青の2つ。この視覚パターンを考えられたのがすごいと思いました。
───「うるしー」の選択注視法では、お母さんに人気の絵と、あかちゃんに人気の絵が真逆だったという結果が出たのが面白いと思いました。
開:そうですね。私もここまで顕著に結果が現れるとは思っていなかったので。この絵本の企画で得られた結果は、今後の「あかちゃんといっしょに作ったあかちゃんのための絵本」シリーズにも活かせる、貴重なデータだと思いました。