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こんにちは!世界の児童文学&絵本

2020/07/30

【連載】こんにちは!世界の児童文学&絵本 オランダ編(翻訳家・野坂悦子さんに聞きました!)前編

【連載】こんにちは!世界の児童文学&絵本 オランダ編(翻訳家・野坂悦子さんに聞きました!)前編

世界を旅するように、いろんな国の児童書について、その国にくわしい翻訳者さんにお話を聞いてみよう!という連載、第4回目はオランダです。
オランダは世界幸福度ランキングでも常にトップランクの国(国連が毎年3月発表、2019年度は5位)で、個人の権利が大事にされる、自由な国だと言われますが、いったいどのような子どもの本があるのでしょうか。オランダの絵本や物語を多数翻訳されている野坂悦子さんに伺いました。


野坂悦子(のざかえつこ)

1959年、東京に生まれる。早稲田大学第一文学部英文学科卒業。1985年より5年間オランダとフランスに住み、1989年『レナレナ』(ハリエット・ヴァン・レーク、2019年朔北社により復刊)で翻訳者デビュー。以降、オランダ語、英語、フランス語のすぐれた作品を翻訳する。2002年、『おじいちゃんわすれないよ』(金の星社)で、産経児童出版文化賞大賞を受賞。翻訳のみにとどまらず、オランダの文化を積極的に日本に紹介している。訳書に、『第八森の子どもたち』(福音館書店)、『フランダースの犬』(岩波書店)他多数。『ようこそロイドホテルヘ』(玉川大学出版部)や紙芝居『やさしいまものバッパー』(童心社)などの創作もある。2001年に「紙芝居文化の会」の創立に加わり、海外統括委員もつとめるなど、日本の文化としての紙芝居を海外に広める活動もつづけている。
オランダの言葉で「こんにちは」って?

野坂:Dag! ダアッ、と発音するこの挨拶の言葉は、「こんにちは」のほかに、「さようなら」、「いってきます」「いってらっしゃい」など、さまざまな場面で使います。オランダの人たちは互いに目が合うと、日本人のように恥ずかしがらずに、にっこり笑って挨拶するんですよ。ほかにもHallo(ハロ)や、友人同士の気軽な挨拶にはHoi(ホイ)を使うこともあります。Hoiは「やぁ」とか「じゃあ」という感じに近いでしょう。
オランダってどんな国?


西ヨーロッパの国。北海に面し、ドイツ、ベルギーと国境を接する。正式な国名は「オランダ王国」。オランダ語では“低地の国”や“低地地方”を意味するNederland(ネーデルラント)と通称される。ライン川下流の低湿地帯に位置し、国土の4分の1は海面より低いため、古くから堤防建設や干拓が行われてきた。チューリップ栽培やチーズ製造など農業分野が知られるが、天然ガスの大産地であり、石油化学、電気機器などの産業もさかん。首都はアムステルダム。政治的な中心都市はデン・ハーグ。EU(ヨーロッパ連合)の創設メンバー。日本の江戸時代の鎖国下では、欧州諸国で唯一外交関係を維持した国である。面積4万1864平方キロメートル(日本の九州くらいの大きさ)、人口は1730万人(2019年)。
野坂:私は1985年から88年にかけて、アムステルダムに3年間住んでいました。オランダには「翻訳者の家」があるので、(オランダ文学基金が、翻訳者の言語能力や知識を磨くために運営している施設)その後も、毎年のようにアムステルダムに滞在しています。町中の運河や建物に歴史が感じられ、そこにいるだけで私は幸せな気持ちになります。
市内の移動には、トラム(路面電車)や地下鉄が便利ですが、土地が平らなので、自転車がいちばんの人気です。健康的で、運賃もかかりませんし。自転車専用レーンが整備され、多くの人が走っていますよ。歩道からうっかりはみ出していると、ジリリン!とすぐベルを鳴らされます(笑)。
アムステルダムの運河
橋の上にも自転車が
アムステルダムの街並み
国立博物館
アムステルダム公共図書館(OBA)中央館にある子ども室
では、オランダの絵本や児童書、どんなものがあるのでしょうか?
子どもの心をくすぐり、皮膚感覚をよびさますユニークな絵本『レナレナ』。30年ぶりの復刊
まずは……野坂悦子さんが翻訳家としてデビューすることになった絵本『レナレナ』。“レナレナ”という少女の不思議で心やさしい日常が、コマ割りの絵と、手描きの文で綴られます。

レナレナ レナレナ」 作:ハリエット・ヴァン・レーク
訳:野坂 悦子
描き文字:平澤 朋子
出版社:朔北社

オランダ「金の石筆賞」受賞作品
ユニークな輝きを放つ、幻のオランダ絵本、復刊です!

レナレナは、ふつうのなかに、フシギを見つける女の子。毎日が発見だらけ、出会うものはみんな友だち。ミミズ、オサカナ、古いサングラス、タマゴ……自分の髪の毛だっておもしろい。

野坂さんと『レナレナ』の出会いは?
野坂:アムステルダムの「子どもの本屋さん(Kinderboekwinkeltje)」で『レナレナ』に出会ったのは1987年だったと思います。前年に出版された『レナレナ』は「金の石筆賞」※を受賞し、お店に山積みになっていました。はじめて手にとったとき「こんな絵本見たことない」と思いました。コマ割のスタイルが新鮮で、ユーモアのある線画に脳みそをくすぐられるし、おはなしもユニーク! 「なんだろう、この絵本。すごくおもしろい!」と、みんなに見せたくなりました。
※ 毎年、オランダで出版された児童書の中で最も優れた文学作品に与えられる賞。CPNB(オランダ図書共同宣伝機構)によって1971年に創設され、2005年以降は6月に発表される「銀の石筆賞」の中から、1冊が10月に「金の石筆賞」に選ばれる形になっている。
『レナレナ』の魅力って?
野坂:主人公のレナレナは、ふつうの中に不思議を見つける女の子です。出会うものはぜんぶ友だちで、遊び相手。あるときはネズミ、あるときはミミズ、ときにはお魚、小枝や、古いサングラスと……自分の髪の毛だって遊び道具にしちゃう。いろんなことを思いついては、自分の体をつかって、あれこれやってみるんです。
読むたびに、子どものときに遊んだ砂の感触や、皮膚のぬくもり、アメを舐めたあとのベタベタした棒の感じみたいなものが、たくさんよみがえってきます。
『レナレナ』より
国際子ども図書館にて。作者のハリエット・ヴァン・レークさんと野坂悦子さん。2019年7月撮影
野坂:オランダ語から日本語に訳した原稿をつけて、日本にいる友人に送ったところ、その友人が出版社に持ち込んでくれたので、1989年に日本語版が出版されました。いろいろな方が、オランダにはこんな絵本があるんだ! と、知ってくださりうれしかったです。

でも『レナレナ』の本当のよさがわかったのは、訳した後だったかもしれません。「子どもが夢中になって読んでいます」とか「毎日、レナレナを描いています」という声が届くようになって。今では成人したうちの子どもたちも「あれは忘れられない本だよ」と、言うんです。読者となった子どもたちの心に『レナレナ』がずっと生き続けていることが、だんだんわかってきました。
知る人ぞ知る、幻の絵本が30年ぶりに復刊。来日したハリエットさんが語った、絵本誕生のエピソードとは?
野坂:出版から年月が経ち、長く品切れとなっていた『レナレナ』が、30年ぶりに復刊されることになったんです! その2019年の夏、日本にハリエット・ヴァン・レークさんを招き、講演していただけて……そして、この本が誕生したときのエピソードを聞くことができました。

『レナレナ』はハリエットさんのデビュー作です。彼女は美術指導の仕事をやめて、憧れていたアイルランドに渡り、海辺にある家を借りて、一時期、友人と住んでいました。ハリエットさんのお父さんは、新聞に漫画を連載していた方で、お母さんも芸術を愛する方なのですが、そのとき彼女はオランダにいる両親に、自分の生活を伝えるために、毎日のように絵手紙を書いていたんです。
海辺で見つけたものや自然の木や石で作ったアート……スケッチや日々の出来事を書いて送っているうちに、シマシマの赤と白の服を着た、長い髪の女の子が絵の中に現れて、その日の天気や風向きを、髪の毛や体の形で表現するようになり……。
ハリエットさんも、どこからか生まれたその子が気に入って、その子のおはなしを書いていたら、帰国後にお母さんの友だちで学校の先生をしている人がそれを見て、すてきな絵本になるから、出版社に持っていったほうがいいとすすめてくれました。実は『レナレナ』の出版が決まる前に、ハリエットさんはしばらく、書道や版画を学ぶために日本にも留学していたんですよ。27歳のときでした。

だから、『レナレナ』は作ろうとして作った絵本じゃない。きっとアイルランドの海辺の家で、原始的で子どものような自分に戻ったとき、ハリエットさんの体と心の奥から自然に生まれたものだったんじゃないかと思います。だからこそ、子どもたちにはそれがわかって、いつまでも古びない絵本になったのかもしれません。
『レナレナ』はそんな彼女が29歳のときにオランダで出版され、30歳という若さで「金の石筆賞」を受賞した作品です。日本語では、ほかにも『ボッケ』という絵本が出ています。

ちなみにハリエットさんの弟、ワウター・ヴァン・レークさんも絵本作家。『ケープドリ あらしのまき』『ケープドリとモンドリアンドリ』などのシリーズがあります。
実証的でコミカルな線の世界がおもしろい「ケープドリ」シリーズ
ちょっぴり自分勝手で心配性なケープドリと、まじめで常識的なツングステン。ふたりのやりとりに笑顔になる『ケープドリ あらしのまき』をはじめとする4冊が刊行中。
「ケープドリ」シリーズの魅力は?
野坂:「ケープドリ」シリーズは、ケープドリと、一緒に住んでいる犬のツングステンが主人公。嵐の日に薪をあつめてお茶を飲もうとしたり、発明したり、タワーを建てたり、いろんなことをやってみます。作者のワウター・ヴァン・レークさんは数学を勉強していた方で、明るくコミカルな線と実証的なおはなしが、ある意味でとても“オランダらしい”作風です。オランダの人たちは合理的なので、現実的・実証的な思考を好むところがあるんです。

ワウターさんは、絵もストーリーも自分で書き下ろし、声も自分で吹きこんだ子ども向けCGアニメーションを製作していて、代表作「ケープドリ(Keepvogel)」シリーズが2000- 2006年の間、VPRO局で放映されました。絵本の「ケープドリ」シリーズは2005年から作りはじめたそうです。
モンドリアンのアートと絵本が融合した『ケープドリとモンドリアンドリ』

ケープドリとモンドリアンドリ ケープドリとモンドリアンドリ」 作:ワウター・ヴァン・レーク
訳:野坂 悦子
出版社:朔北社

国際的に有名なオランダの画家モンドリアンが、
「モンドリアンドリ」になって、ケープドリの世界にやってきた!

モンドリアンドリは、あたらしい未来をさがしています。ケープドリは、待っていれば、いつのまにか未来になるとおもっています。でも、モンドリアンドリがさがしているのは、まだ、だれもしらないものでいっぱいのあたらしい未来なのです。

野坂:『ケープドリとモンドリアンドリ』は、オランダ生まれの世界的な画家モンドリアンの展覧会にあわせて制作された絵本です。水平と垂直の直線で分割され、赤・青・黄の三原色を用いたモンドリアンの世界と、ケープドリの世界が、絵本の中でコラボレーションしています。
今、世界中の美術館で、子どもにアートを楽しんでもらうための工夫が始まっていますが、オランダはその先進国。ハーグの市立美術館で開かれたモンドリアン展では、ワウターさんの絵本の世界をもとにした部屋もあり、子どもたちは三原色の大きなブロックを動かし、モンドリアン風の作品を作って遊んでいました。オランダでは美術館と出版社が協力しあって、展覧会のテーマごとに新しい絵本が出版されるんですよ。
『ケープドリとモンドリアンドリ』より
未来をどう描く?
野坂:ワウターさんのエピソードで心に残っているのは、東日本大震災とそれに伴う原発事故のあとの2013年に来日され、京都の大学で特別授業を行ったときのことです。「人間は間違うことがあるけれど、間違いが新しいことを生み出す。間違いの間違いがずうっとつづいて、でも人は未来に向かっていくんだよ」ワウターさんは、科学者のようなまなざしで、学生たちにそう語りかけていました。試行錯誤を重ねてばかりの私たちだけれど、常に未来へ向かって新しいものを作り出してきた。前に進みながらやってみるほかないんだという、その姿勢に、だれもが勇気づけられたと思います。

戦争中に70歳近くでニューヨークに移住し、ブギウギにはじめて出会って、そこで大きく作風が変わったモンドリアンにも、きっとすばらしい未来が見えていたんでしょう。『ケープドリとモンドリアンドリ』を読むたびに、私も明るい未来に向かって、踊り出したくなります。
ちいさな男の子のおおきな想像力!オランダの子どもたちに愛されるロングセラー『ぼくといっしょに』
『ぼくといっしょに』は、主人公の「ぼく」に誘われて、読者が冒険の世界に入っていく絵本。子どもの創造性や思考力を刺激する美しい絵本です。

ぼくといっしょに ぼくといっしょに」 作:シャルロット・デマトーン
訳:野坂 悦子
出版社:ブロンズ新社

ぼくの家のまわりは、冒険でいっぱい!かあさんに、りんごを買いにいくおつかいをたのまれた、ぼく。そんなおつかい、かんたんだって思うでしょ?でも、うちからやおやさんまでは、とっても遠くてきけんがいっぱい。ドラゴンが住んでいるという森や、ぐうぐうといびきをかく巨人、おそろしいくまが住むどうくつ、海にはひとくいザメやかいぞくまでいるんだから!さあ、ぼくといっしょにおつかいの冒険へでかけよう!ぶじにうちへ帰れたら、かわでいっしょにおよごうね。子どもが世界でいちばん幸せな国、オランダからやってきた、ちいさな男の子のおおきな想像力の絵本。

『ぼくといっしょに』ってどんな絵本?
野坂:『ぼくといっしょに』を開くと、いろいろな形の家やそれぞれの庭、川や牧場まで見える町が広がります。その中に、小さく描かれた、赤い服を着た男の子がいて、この子が主人公なんです。
「ぼく」は、お母さんにたのまれたおつかいをすませるために、ドラゴンが住んでいたり、大男がぐうぐう眠っていたりする森を通らないといけない。人食いザメや海賊がいる海を、ボートで渡らないといけない! 本当は自分のおうちの広い庭を横切っていくだけなんですが、そんな想像を楽しみながら、お母さんにたのまれたりんごを買って帰ってきます。「ぼく」の語りに思わずひきこまれ、読者も大冒険できる絵本です。
絵本を読む子どもたちは、大きな絵の中に、小さく描かれた男の子を見つけて、どこに何があるのか、どういったらうまく危険にあわずに通り抜けられるのかを教えてあげながら、ページを読み進めます。
『ぼくといっしょに』より
シャルロット・デマトーンさんってどんな人?
野坂:作者のシャルロット・デマトーンさんは、オランダを代表する絵本作家のひとり。美しい絵の中に、たくさんの物語を盛り込む、遊び心のある作風で知られています。『きいろいふうせん地球一周』(西村書店)という文字のない絵本は広く親しまれていますし、同じく文字のない『Nederland(オランダ)』(未邦訳)という大型絵本もベストセラーです。これは船隊が近づいてくる大海原の場面から始まって、国の有名な歴史的建築物や現代的なビル、運河や牧場、著名な人物……オランダ各地のいろんな生活がこまかく描き込まれた力作です。
子どもから思考や気づきを引き出す、オランダの教育
野坂:『ぼくといっしょに』は短い文がついていますが、デマトーンさんのほかの本を見てもわかるように、オランダで文字のない絵本がベストセラーになるのはめずらしくありません。それというのも、子ども自身が絵本の中から何かを見つけたり、おはなしを自由に語ったりすることが大事にされているからなんです。親も、絵本から子どもの言葉を引き出すのがとても上手。それは大人が受けてきた教育も、関係しているんだろうと思います。
私も長年オランダに関わるようになって、ときどき感動するのですが、とにかく褒め上手なんです。オランダ人作家の講演を通訳する機会があって、その夫さんもずっと同行してくれたんですが、1回目に「すごくよかったよ!」と私たちを褒め、2回目、同じ内容をしゃべっていても「前よりももっとよかったよ」と褒める。3回目、どんなふうに言ってくれるのかなと思っていたら、「これまでにないほどすばらしかった。最高のコンビだ!」とまた褒めてくれて……ああ、こうやって、子どもたちも育つんだなあと実感しました(笑)。
どうやったらこんなに気持ちのいい、明るい人たちになるんだろうと……それはオランダの教育にカギがあるような気がして、『ぼくといっしょに』のあとがきでは、オランダの教育制度や社会背景にも少し触れています。
新しいものを受け入れ発展させてきた、オランダという国
野坂:オランダは、もともと東ローマ帝国が支配していたネーデルランデン(Nederlanden)から、新しく独立してできたプロテスタントの国です。中でもアムステルダムは海運貿易の港町として、16世紀から17世紀にかけて大きく栄えます。ユダヤ教などほかの宗教にも寛容で、出版や思想の自由も認められ、他国から大勢の文化人を受け入れてきました。多くのユダヤ人が移り住んできたことでも知られています。古くはスペインやポルトガルから、第二次世界大戦の前はナチスが政権を握ったドイツから逃れて。『アンネの日記』のことは、みなさんもよくご存知でしょう。
オランダという国では、ほかの国で生まれた実験的な考え方が、その国以上に発展を遂げることがよくあります。たとえば教育分野においても、ドイツで生まれたイエナプランや、イタリアで生まれたモンテッソーリは、本国以上にオランダで発展しているのです。
100年以上前に憲法で「教育の自由」の原則が認められたオランダでは、一定の要件を満たせば、だれでも学校を作ることができます。公立私立問わず、どの学校にも平等に補助金が支給されるため、オルタナティブスクールと呼ばれる先進的な試みをする学校が発展しやすい状況が作られていったようです。
アムステルダムにある基礎学校ドンゲスクール。美しい校舎は1930年の建築
なぜオランダの子どもの本を翻訳しているのか
野坂:さかのぼると、私が小さかった頃は「子どもは、親や学校の先生のいうことをおとなしく聞くもの」という考え方が普通で、子どもの声というのは、あまり聞いてもらえませんでした。大人の価値観にあわないことは口にしにくく、言っても理解してもらえない。すすんで自分の考えを話せなかったけれど、心のどこかで「でも、私は私」という譲れないものを持っていました。
だからこそ、そんな私を認めてもらえる“ここではない場所”に憧れ、本をたくさん読むことで、逃げ場や、広い世界への窓を求めました。小学5年生のときに「ナルニア国ものがたり」との衝撃的な出会いがあり、翻訳という仕事があることに気がつきました。中学・高校時代はイギリスや、ドイツ、アメリカ、北欧、イタリア、フランスの本をいっぱい読みました。
英語と文学が大好きだった私は、大学の英文科を卒業し、船会社に勤めたあと、日本の作品を海外へ紹介する著作権エージェントに転職。念願かなって、自分の興味にぴったりの、英語を生かせる仕事につきました。なので、夫がオランダに赴任することになったとき、なぜ英語圏じゃないの?と思ったくらいです。でも発音の難しいオランダ語を苦労して学ぶうち、その言語や文化、オランダの人たちへの愛着が深まってきました。オランダでは英語の話せる人が多いので、街へ買い物に行くと、私はわざと英語がわからないふりをしていたんですよ。オランダ語の会話をしてもらうために。
オランダ語の子どもの本を原語で読めるようになってくると、そこに描かれている子どもや大人が、日本とは違う価値観で生きていることに驚きました。何より、子どもたちに思考の自由があり、大人は子どもを一人の人間として尊重し、子どもが語る言葉に耳をかたむけていました。私は、そんなオランダという国の文化と児童文学の豊かな世界に触れて、自分もこんな子ども時代が過ごせたらどんなによかったか、と感じたのです。ある意味で、それは、作家が求める理想としての大人と子どもの姿なのかもしれませんが。
私は、親や、学校や、今の社会にがんじがらめになっている日本の子どもたちに、別の物の見方、別の社会のありかたを伝える物語の中で、「このようにしか生きられない」という思い込みから自由になり、夢見る力を取りもどしてほしいと思うのです。
あなたには自分が思っている以上の力があるし、あなたが望めば現実だって変えられる。そのことをオランダ語の本を紹介することを通して、伝えていきたいんだと思います。
インタビュー・文:大和田佳世(絵本ナビライター)
編集:掛川晶子(絵本ナビ編集部)

※写真、挨拶の描き文字は、野坂悦子さんにご提供いただきました。


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