京極夏彦の文による「えほん遠野物語」の一冊です。
タイトルの「おいぬさま」とは狼のことで、日本では絶滅したといわれる狼ですが、遠野の村々にこれだけの逸話が伝わっているのですから、昔はたくさんいたのでしょう。
「草の長さ三寸あれば狼は身を隠すと云へり」と、柳田国男の『遠野物語』に書かれています。
同じ箇所を京極夏彦さんは「三寸ほどの高さの草が生えていれば、隠れることができるという」と書いていて、原文と対比しながら絵本を読むのも、大人読みとしてはいいかもしれない。
この文章が書かれたページの絵は、一面草木の色が変わった秋の風景で、柳田の原文でいえば「草木の色の移り行くにつれて、狼の毛の色も季節ごとに変りて行くものなり」に対応させています。
この絵本の絵を担当しているのは中野真典(なかのまさのり)さんで、おいぬさま(狼)の敏捷な動きとおそろしき力を荒々しい筆づかいと彩色で見事に表現しています。
秋の風景も、見開きのページ全面で「草木の色の移り行く」が描かれています。
子どもにはけっしてわかりやすい絵とはいえませんが、きっと生命の迫力は感じるにちがいありません。
だからいっそう、おいぬさま(狼)が北に向かい、「その日を境に、遠野のお犬様は姿を消したという」と書かれた最後のページの、雪景色は哀切をともなう印象的な一枚の絵になっています。
おいぬさまがいなくなった遠野は、どこかさみしい。