「5秒だけ、彼になって」
美人のクラスメート、マリさんに、とつぜんそう告げられた村木ツトム。
恋人と別れるために、あたらしい彼氏を演じてほしいというのだけれど……。
背は高いけどヒョロヒョロで、顔だってお世辞にもかっこいいとはいえないぼくを、いったいどうして選んだのだろう?
ツトムの心は千々に乱れます。
今はあてこすりのための男でも、約束の日よりも早く彼氏を説得してマリさんをあきらめさせれば、もしかして本当にぼくのことを好きになってくれるのでは?
友人西川とそんな作戦を立てたツトムは、マリの恋人を探し出すのですが――。
受け身がちで、主体性のたりない気弱な少年、村木ツトム。
部活に入っていない学校中の女子が部員であるという“設定”の「空想部」部長、西川。
イケメン不良の剣道部員で、市内中学最強の剣士である船越。
そんな個性的なキャラクターたちが、関西弁でくりひろげる会話劇がみどころ。
過剰な自意識と無邪気の入り混じった中学生らしさ爆発のやりとりは、どこか気恥ずかしいやら、でも愛おしいやら。
「マリを抱きしめる練習をするんや。そして、五秒でマリを本気にさせろ!」
そんな西川の助言に従って、電信柱に枕をくくりつけて抱きしめる練習にはげむツトムを、だれがバカになどできるでしょう。
彼女を想う満ち足りた気持ちを好物のカレーでたとえてみたり、彼女の耳に触れるチャイムの音になってみたいと空想してみたり、身近な言葉で身のうちの恋を必死に語ろうとする村木ツトムを、なんだか祈るような気持ちで応援してしまうのです。
異性という未知の生命体に翻弄され、汗を流し、涙を流し、そして成長してゆく中学二年生。
そんな村木ツトムの姿を描いた、とっても笑えて少し切ない、ひと夏の物語。
はたしてツトムはマリさんのくれた5秒を、5分に、5年に、永遠に、変えることはできるのでしょうか。
(堀井拓馬 小説家)
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