『ウェン王子とトラ』『この世でいちばんすばらしい馬』など迫力ある大型絵本を世に送り出してきたチェン・ジャンホン作品にあらたな一冊が加わりました。
むかしむかし、三つの山に囲まれた谷間に小さな村がありました。大きながけ崩れで村人たちが去ったあと、たった一軒残った家に、サンという男の子が生まれました。
サンは元気に成長します。けれども山のむこうの畑を耕すため、毎日けわしい山をこえなければならないサンの両親は、次第に疲れ果てていきます。
ついに畑仕事へ出られなくなったお母さんを見て、サンは「ぼくが、山を動かしてみせる」と心に決めます。お父さんやおばあさんが「できるわけない」「この子はどうかしている」と言いますが、サンの決意は揺らぎません。一心につるはしで岩をくだき、かけらを背負っては運ぶようになりました。
お母さんだけはそんなサンを「いつか、大きなことをなしとげる」と信じます。
きびしい冬が過ぎ、春がめぐってきたある日、キノコのいい香りがするほらあなで、サンは一人の不思議なおじいさんに会います……。
「信じる者は山をも動かす」「一念岩をも通す」などのことわざがありますが、本書はまさに「山を動かすのだ」と思いつめた少年サンが、一途に岩をくだき続ける姿が描かれます。
中国の伝統的水墨画の手法を用いて描かれたけわしい山々は、すばらしいの一言。
ぶきみな空、いなずま、竜と竜の吐く火が、圧倒的な存在感で、絵本のなかから迫ってきます。
三頭の白竜が、真っ黒い空を舞う場面は必見です。
山を動かすことを夢見た男の子の、ひたむきな挑戦が、壮大なクライマックスにつながっていきます。
力強いサンの表情と、一方でサンの小ささを見せつけられるような広大な風景の数々。人知の及ばない圧倒的な「何か」、不思議な力が働く世界をこの絵本は見せてくれます。
さて、サンは山を動かすことができるのでしょうか。
大きな水墨画の世界に入り込んだような気分を味わってください。
(大和田佳世 絵本ナビライター)
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