「ばくだんが図書館にあたって、町は燃えてしまった」
こなごなになった本、焼けてしまった故郷。
無事だったのはただ一冊、ピーターのお父さんが図書館から借りていた、赤い表紙の本だけ。
敵に追われて町の人びとは旅立ち、ピーターとお父さんも、その過酷な旅路に加わります。
冷たい風と雨にさらされ、夜は身を寄せ合って道端に眠り、何週間も歩き続けたピーターたち。
しかしとうとうお父さんが力尽き、倒れてしまいます。
最後にピーターが託された、鉄の箱。
中にあったのは、戦火を逃れたあの、赤い表紙の本でした。
「ぼくらにつながる、むかしの人たちの話がここにかいてある。おばあさんのおばあさんのこと。おじいさんのおじいさんのまえのことまでわかるんだ。ぼくらがどこからきたか。それは金や銀より、もちろん宝石よりもだいじだ」
過酷な旅もまだ道半ば。
自分の荷物さえ運ぶのがやっとなのに、鉄の箱を持っていくことなどできるでしょうか?
みなが置いていけと諭すなか、しかしピーターは一冊の本のため、代わりにみずからの荷物を捨ててしまいます。
そんなピーターの前に立ちはだかる山々。
かならず本を守るとお父さんに誓ったピーターも、ここにきては悟らざるをえませんでした。
本を持っていては、山を越えるのはむりだ、と──
戦争によって失われる大切なものについて描いた一冊。
”命”。
もちろんそれは、戦争が奪う最も尊いものです。
しかし、この作品で特に描かれるのは、日本という国においてはあまり実感のわかない「あるもの」。
それは、”民族のルーツ”です。
「図書館がばくはつしたとき、本はみんなこっぱみじんになった。ページのかけらがひらひらと空にまいあがって、ふぶきのようだった」
イラストを切り取って、それらをはり合わせ、独特の陰影と立体感を演出している本作。
それに加え、上記のシーンをはじめてとしたいくつかの場面では、実際の本のページの切れ端が、画材として使用されています。
こなごなにされ、本としての意味をなくした紙片。
風に舞うそれらを集めようとして、手をのばす人。
なすすべなく、ただ呆然と見上げる人。
手の中に舞い落ちた紙片を、悲しげに見つめる人。
暴力によって歴史が一瞬で失われてしまった巨大な喪失感と、それに対し手を伸ばすことしかできない圧倒的な無力感とが、読者の胸を押しつぶします。
『この本をかくして』、原題は「The Treasure Box」。
「宝箱」を意味するそれは、お父さんがピーターに託した赤い表紙の本を収める、鉄の箱を指しています。
自分の民族の歴史、ルーツについて、それが失われるという実感は、多くの日本人にとって実感の乏しいものではないでしょうか。
ピーターのお父さんが、金や銀、宝石よりも大事だといった宝もの。
そんなお父さんの気持ちを通して、民族の歴史やルーツが持つ価値や、それの根付く土地で生きることの意味に、想いをはせてみるのはいかがでしょう。
(堀井拓馬 小説家)
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戦争の爆撃で町は燃えてしまった。図書館にも爆弾が落ちて本がたくさん燃えていった。
しかし、ピーターのお父さんが借りていた本は燃えずに残った。
ピーターのお父さんは「宝物を守らなきゃ」と言って、その本を鉄の箱に入れて、仲間たちと町を逃れた。
お父さんは、ピーターに語った。
「この本には、ぼくらをうんでくれた人びとのこと、おばあちゃんのおばあちゃんのこと、おじいちゃんのおじいちゃんのことが書いてある。
どこからきたか、それは金よりも銀よりも、宝石よりもずっとだいじなんだ」
民族、国の大事な物、誇りとは何なのか。
戦争がすべてを奪っていくなか、大事なものを隠しながら、どうやって引き継ぐのか。
戦争で失われたもの、守ったものを考えさせる絵本です。
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