どなり声と、すすり泣き。
中学二年生の真子の家には、いつもそれがあった。
パパはいつも不機嫌で、自分の意見に従わせるために、すぐ声を荒らげる。
ママは体を小さくして泣いているか、暗い表情で、部屋のすみを見つめている。
穴倉のように閉じ込められた生活から逃げ出した真子が出会う、「祈る少女」という一枚の絵。
その出会いにみちびかれて真子がたどり着いたのは、なにもかもが新鮮な、あたらしい世界だった。
「イカル荘へようこそ」
真子の一歩は、そのひとことからはじまった──
衝動的に家をとびだした真子が、運命的な出会いの末にたどり着くトンガリ屋根の木造洋風建築「イカル荘」。
家に帰りたくない一心から、迎えにきたパパに抵抗した真子は、彼女の様子を心配するイカル荘の面々の協力もあって、なんとかそこでの一ヶ月限定ホームステイを許してもらいます。
「祈る少女」を描いた画家の夏鈴さんや、太陽のように明るいインドネシアからの留学生デフィン。
彼女たちをはじめとする、個性的な面々と営むイカル荘でのあたらしい日々は、真子にとって、心おどる未知との出会いの連続でした。
食卓にならぶ、畑でとれた野菜。
油絵の具の匂いがするアトリエ。
はじめて人のためにする料理。
そして、ロマンあふれるバードウォッチングの世界。
人種も、年齢も、宗教も、育った家族の形も様々な人たちとの共同生活は、真子に思いもよらない変化をもたらし、それは真子のパパとママにも影響をおよぼしていきます。
「わたし、ママを知らないんだ(中略)自分のことでいっぱいで、逃げだすことに精いっぱいで、まわりのことなんて全然目に入ってなかった」
すれ違いから、互いを思いやる余裕をなくしてしまった家族と、その再生。
テーマは重い印象ですが、実際の読み心地はずっと軽やかな物語です。
息苦しい生活をとびだして、まったくあたらしい環境ではじまる共同生活と、そこでの出会いに胸躍らせる真子の瑞々しい心のうちに、こちらもワクワク!
そして、本作のおおきなメッセージは、「自立すること」の大切さ。
「一人で自分のこと、なんでもする(中略)できると、人に頼まなくてすむ。それ、すごく自由になれること」
「人がやってくれないからって、ふてくされて、ヒナ鳥みたいに口をあんぐりと開けて待っていないで、自分でやればいいのよ。それって自分のためになることよ。人のためにもなるしね」
それぞれの自立があってこそ、互いを尊重しあう家族になれる──
ひとりで生きるための力を少しずつ付けながら、自分の家族について、ゆとりを持って考えられるようになっていく、真子。
その姿を通して伝えられるのは、親子だけではなく、あらゆる家族の形に当てはまる、普遍的なメッセージです。
そのことを学んだ真子が、イカル荘で過ごす最後の夜に出した結論とは?
今置かれている環境に立ち向かうための、あたらしい視点と勇気をくれる、そんな一冊です!
(堀井拓馬 小説家)
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「もう、イヤ! もう、たくさん!」中学2年の真子は、揉めてばかりの両親にうんざりし、家を飛び出した。偶然たどり着いた画廊で夏鈴さんに出会った真子は、夏鈴さんの住む「イカル荘」でホームステイをさせてもらうことに。インドネシアからの留学生・デフィン、イカル荘の隣に住む夏鈴さんの父・ジジ、夏鈴さんの甥で真子と同級生の颯太らに囲まれ、イカル荘での新生活が始まった。
みんなでご飯をつくること、笑いながら話すこと……そんな当たり前の幸せをイカル荘の生活で感じていく真子。今まで気にしたことのなかったイカルやガビチョウの鳥の声、目の当たりにしたイスラム教のデフィンの断食……広い世界に目を向けるきっかけを与えてくれたイカル荘。
イカル荘での生活も一ヶ月がすぎ、明日はパパが真子を迎えに来る日。最後にみんなでバードウォッチングに出かけ……。
多感な時期の少女が葛藤しながらも、両親との関係修復へと向き合っていく――。
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