成長した息子と父とのあいだには、どこの国でも気まずい壁があるようで……
ここは、とある王国の、とある靴屋。
とても評判の良い靴をつくる、ヘンゼルという職人がおりました。
しかし今では、その息子イデアのつくる靴が人気沸騰!
みなイデアのつくった、工夫をこらしたデザインのおしゃれな靴を買っていきます。
「父さんがつくるような靴は時代遅れなんだよ! いっそのこと、店をおれにまかせてくれないか。もっと儲けてみせるから」
そんな息子を横目に、父ヘンゼルはただ黙々と一足の靴をつくっています。
ある日、「国中でいちばんすばらしい靴をさしだした靴屋を、『王様の靴屋』にする」というおふれが出されました。
おふれを受けて、自分こそ王様の靴屋になってやるとはりきるイデアだったのですが——
舞台であるウトピア王国は、絵本『おこだでませんように』(小学館)で知られる、くすのきしげのりさんが生み出した架空の国。
それを、『じつはよるのほんだなは』(講談社)や『それなら いい いえありますよ』(講談社)など、にぎやかなイラストで独自の世界をつくりあげる澤野秋文さんが描きます。
この物語を通して、父ヘンゼルはひとことも言葉を発しません。
息子を叱るでもなく、ほめるでもなく、静かに靴をつくりつづけるだけ……
しかし、その一足が、息子に伝えるべきすべてを物語るのです。
ずんぐりでおチビ、つぶらな瞳という、そんな愛嬌たっぷりの姿に描かれながら、とことん無口で、実直なヘンゼル。
ヘンゼルの、そんなギャップのあるキャラクターが魅力的な一冊です。
父に認めてほしくて功績をほしがる、ごうまんちきな息子。
そして、何を考えているのかぜんぜんわからない寡黙な父。
一足のとくべつな靴を通して語られる、親子の心の交流を描いた現代の童話です。
ヘンゼルが一足の靴を通して息子に伝えたのは、人になにか届ける仕事にたずさわる、すべての人に大切なことでした。
(堀井拓馬 小説家)
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