あの日の海を知らないぼくと、あの日の海に旅立ったみんな──
海のある街で育ったひろとは、大きくて、青くて、遠くで空とつながっている、そんな海が大好き。
今日は父さんが、10年ぶりに漁に出る日!
でも母さんはまだ、「海にはいきたくない」。
「父さん、魚をいっぱいとって、早く帰ってきて!」
船に向けて呼びかけた声は、思わぬ人々を街に招きます。
それは10年前、あの波に飲まれて失われた、この街の人々でした──
東日本大震災から10年が経ち、当時のことを知らない子どもたちも増えてきました。
本作の主人公も、そうした子どもたちのひとり。
あの震災で津波に襲われた港町で生まれたひろとは、故郷の海が大好きです。
10年前、被災した街で拾われ、ひろとの愛犬となったソラ。
そんなソラをココと呼ぶ少年は、
「きみが帰ってこいって呼んだから、ソラに会えた。ありがとう」
そういって、ひろとに感謝します。
和菓子屋さんのお姉さんは、会ったことのないはずのひろとを見て、彼のお父さんが久しぶりに漁へ出たことにふれます。
おどろくひろとに、お姉さんはいいます。
「あの日、あの時から、ずーっとみてるからね」
ふしぎな世界をゆくひろとが最後に出会うのは、いつも写真の中に見ていた、彼の兄ちゃん。
ひろとよりちょっと、背の小さい兄ちゃんです。
「にいちゃんの街はよかっただろう。でも、あたらしくできたひろとの街もいいな」
何もかもが変わるより前、あの時よりも過去の日々。
何もかもが変わってしまった、あの時よりも未来の日々。
あの瞬間を境に失われたものと、変わってしまったもの。
そのすべてをそっと受けいれ、やさしくはげましてくれる。そんな物語です。
(堀井拓馬 小説家)
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