坂の途中にある小さなお店、『ネコノテパンヤ』。猫の手のように小さなパン屋さんです。お店の中はいつも、お母さんの焼いたパンの美味しいにおいでいっぱい。
ある日、お母さんが配達に出かけるので、ななえは一人で店番をすることに。すると霧が出てきて、お店のまわりは何も見えなくなりました。急に心配になってきたその時。“カラ〜ン コロ〜ン”。お客さんです。何を買おうか迷っているので、ななえが大好きなクリームパンをすすめると、帽子の下の顔から長く伸びたひげが見えます。
「えっ? もしかして ねこ?」
満足そうに帰っていくお客さんを見送ると、今度はフード付きのコートのお客さん。コートからはみだしているのは、しっぽ。 また……!?
みんなが嬉しそうにパンを買っていくので、ななえはしっかり役目を果たします。だけど不思議なお客さんばかり。深い霧に包まれながら、ぼんやり考えていると「ただいまぁ」。帰ってきたのはお母さん。そして言うのです「今のお客さん……」。
沢山並んだ民家の間に小さく灯りが漏れる店構え、遠くに見える海の方へ下っていく坂、霧に包まれ霞んで見える街並み。なんだか映画を観ているような、懐かしくもワクワクする素敵な景色。それもそのはず。絵本の舞台となっているのは、沢山の映画に登場してきた坂と猫の町、尾道(おのみち)。そこには『ネコノテパン工場』という小さなパン屋さんも実在しているのだそう! 実際にスケッチをしながら生まれてきたのが、このさりげなくも愛らしいお話なのです。
美味しいにおいに誘われて、気が付けば絵本の中の時間にふと迷いこみ。読み終わればどこか旅にでも出ていたような豊かな気持ちになれる。そんな上質な一冊だと思います。
(磯崎園子 絵本ナビ編集長)
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