マリアン・アンダーソンは、その類まれな歌声で世界を魅了した歌手です。
黒人霊歌やクラシックを歌う、数オクターブに渡る音域とビロードのような声は、「100年に一人の美声」と評されました。
1897年アメリカ、ワシントンDC生まれ。マリアンは幼い頃から歌うことが大好きで、突出した才能を持ちながらも努力を惜しまない勉強家でした。けれども、黒人差別が根強く残る当時のアメリカで、マリアンの歌手人生には多くの壁が立ちはだかります。音楽学校への入学を拒否され、国内では肌の色を理由にステージに立たせてくれない会場も少なくありませんでした。
しかし、どんな屈辱をうけようと、マリアンは誇りを失わず、魂の歌を歌い続けます。
欧州で大きな名声を得たマリアンは1939年、故郷ワシントンでコンサートを開くことになります。ところが、ワシントン憲法記念ホールの使用を拒否されるという事件が起き、市民からの抗議が殺到、新聞への投書やデモが行われました。当時の大統領夫人エレノア・ルーズベルトのはからいにより、マリアンは急遽、リンカーン記念堂の屋外の階段で歌うことになるのですが、この前例のない野外コンサートには、アメリカ全土から実に75000人もの人が押し寄せたのです。
そのコンサートのシーンがとても印象的です。コンサートの前、マリアンは不安でした。会場でデモが起きたらどうしたらいいのでしょう。歌手である自分と、黒人を代表するシンボルとなってしまった自分。自分が何をすべきかマリアンは心に深く問いかけます。そしてマリアンはステージに立ち、いつものように背すじを伸ばして歌いはじめるのです。
これは、一人の歌手、そして一人の強く生きた人間の人生を描いたノンフィクションの絵本です。絵を描いているのは『ユゴーの不思議な発明』でコルデコット賞を受賞したブライアン・セルズニック。美しいセピアの色調が時代を映し出します。そしてマリアンをはじめ、人々の表情は、木の塊から一彫り一彫り削りだしたような力強さがあります。目を閉じ、まゆを少しだけひそめて歌うマリアンの息遣いや、声に聴き入る人々の心の震えまでが、画面から届くようです。
マリアン・アンダーソンは、この時代にあって闘うことを好む活動家ではありませんでした。ですが、信念をつらぬくことで後人のために道を切りひらいた偉大な音楽家です。彼女の人生の歩みと歌声を、この美しい絵本で感じてみてください。
(絵本ナビ編集部)
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