●35年前、イタリアにて
1980年。35年も前ですから、記憶は一部あやふやです。
小学生の私は、両親に手を引かれボローニャ国際児童図書展にやってきました。
当時、まだ外国は遠い国々でした。海外の文物も今ほど身近には感じられなかった時代で、子どもにとってヨーロッパといえば、テレビの「世界名作劇場」から得られるイメージがその中心でした。
子どものうちに見聞を広めることはとても良いこと、といえば聞こえは良いですが、子どもを長期間親戚に預けるわけにもゆかず、仕方なく連れてこられたというのが本当のところです。
初めて目にするヨーロッパは「世界名作劇場」とは全然違い、すっかり好奇心を刺激された小学生に、広い図書展の会場でじっとしていろというのも土台無理な話です。
版権交渉をする両親の傍らで、退屈で仕方がないのに「お行儀の良い日本人の子供」を演じ続けるのにも限界があります。
すっかり飽きてしまった私は、いつしか勝手に会場内を歩き回っていました。
まだヨーロッパでは日本人、というよりは東洋人の子どもが珍しかった時代ですから、会場内至るところで優しく扱ってくれたことを今でも覚えています。
●これ、ちょうだい!
さて、会場巡回の甲斐あって、その日十何個目かのチョコレートを頬張ったところで、突然、一枚の犬のイラストが目に飛び込んできました。
それがイギリスで出版されたばかりのSPOTでした。
どうにも芸術的で、子どもには理解できないイラストを散々見せられ食傷気味だった私にとって、その絵はとても新鮮で、何より「世界名作劇場」に似たものにやっと出会えた(笑)のでホッとした事を覚えています。
そこで、怖いもの無しだった私は、SPOTを出展していたブースのお姉さんにお願いして本を見せてもらいました。
見れば見るほど、この犬、モコモコしてかわいい!つい、絵に手を伸ばして撫でたくなる愛らしさ!それにページをめくる度にパカパカ開くしかけがある!いや〜んラブリー!!(※一部表現が脚色されています)
一目惚れしてとても気に入った私は「これちょうだい!」と日本語でお願いして(お姉さんも頷いてくれたように見えました)、ひったくるようにして両親のもとに駆け戻り、「これ出して!」と申し出ましたが、その時の彼らの曇った表情(多分、なんだこの単純な絵、とでも感じたのでしょう)は忘れることができません。
会場から離れた後も、もらった本を片時も離さずにいたほど気に入ってしまい、帰国後も繰り返し両親に「早く出して!」と督促したものでした。
●ついに邦訳出版!その時…
1984年、両親からSPOTを出すことになったよ、と知らされました。ところが既に私は中学生になっていましたので「あーそんなのもあったね」と気の無い返事をした記憶が……。
SPOTは直訳すると「ブチくん」的なものですが、あちらではごく一般的な犬の名前、ということで、シロ・タロ・コロの候補の中から、語感もよい「コロちゃん」を選んだ、ということだそうです(コロコロしてるからってのもあったのかもしれませんね)。
このように、ロマンチックでも運命の対面でもなく、コロちゃんだけに犬も歩けば棒に当たる的なものでしたが、私とコロちゃんとの出会いはこういうものでした。
●「本」のちから
長じて出版社に勤めている現在、自分が本当に幼かった頃にコロちゃんを読んでいたらどう感じただろう?と今でも思います。
どう足掻いても子どもには戻れないものですから、代わりに自分の子どもたちが赤ちゃんだった頃、コロちゃんを読んでやりました。
登場人物(動物)も沢山出てきますから、その度に声色を変えたり、彼らが楽しめるよう、退屈しないようにと工夫しながら読み聞かせてやりました。
幼児向きのしかけ絵本は(今でも)あまり種類もないですから、彼らはとても楽しんで、以来、本に親しむ子どもに育ちました(大成功)。
きっかけはなんでもよいと思います、本を読んでもらう(読む)事が楽しいことだ、と子どもたちに感じてもらえれば。
子どもはほぼ例外なく動物に関心を示しますし、動くものが大好きです。それに、なにより親と一緒に本を読んでいる時間をとても楽しんでいます。
こどもと一緒に絵とことばを追い、しかけをめくることで動きもありますから、コロちゃんはとてもワクワクする絵本です。
コロちゃんと一緒に幸せな時間を過ごしてくださる方が増えれば、こんなに嬉しいことはありません。
本は扱い方により手を切ったりケガをすることもある、と学ぶことも重要なのではないでしょうか。
絵本ナビのメンバーの方々には釈迦に説法ですが、子どもをテレビの前に座らせたり、タブレットでも与えておけば彼らはそれなりに一人で楽しんでいますが、それらのデバイスには、親子の絆やお互いの幸せな時間をつくる能力はありませんものね。
35年前の小学生(評論社 竹下克樹)より