せかいかえるかいぎ せかいかえるかいぎ
作: 近藤 薫美子  出版社: ポプラ社 ポプラ社の特集ページがあります!
せかいかえるかいぎが あるらしい──。こんなうわさが、かえるたちの間に広まって、世界中のかえるたちが大集合します!
スマホでサクサク!お買い物♪絵本ナビショッピングアプリができました!
絵本ナビホーム  >  スペシャルコンテンツ  >  インタビュー  >  幻の”かがくいひろし絵本“ 『うめじいのたんじょうび』出版!加岳井久美子さん&担当編集者インタビュー

スケジュール帳はびっしりでした

かがくいさんは、文字部分に関してはわりとお話し合いのなかでどんどん編集者の意見も取り入れて変えてくださる方でしたが、絵については、すごく確固としたものがはっきりおありでした。絵の表現に自信とこだわりをお持ちだったと思います。
『はっきよい畑場所』の改稿の際は、かがくいさんに無理に描き直しをお願いしてしまったかなと思ったこともありました。

───でも、たしかにすいかが投げ飛ばされる場面は「どうなっちゃうの?」とドキドキします! 子どもに読み聞かせをするときも、「とんだ〜〜 とんだ〜〜」「だいじょうぶか〜〜〜〜」とたっぷり間を溜めて、次のページをめくりました。

そういう声を聞くとほっとします。
かがくいさんも、基本的には、一緒によりよい作品を作り出そうという編集者の存在を信頼してくださっていていたのでしょう。ただ、私は新米の絵本編集者だったので、きっと頼りなかったと思います。それでも、編集者まで喜ばせてくれるというか、次から次へと「こんなの思いついたんだけど、どう?」と、たくさんのおもしろい絵本のご提案をいただいてばかりでした。

養護学校のお仕事と、お母様の介護もあって、お忙しい合間をぬってご自宅がある駅近くのファミレスでいつも打ち合わせをしていましたが、毎回楽しい打ち合わせでした。『みみかきめいじん』の続編の案や、それ以外のまったく新しい作品の話もしていて、あれもこれもどんどん出しましょうよ、と言ったら、「ちょっと出し過ぎかなあ」と照れつつも、すごく嬉しそうだったのが心に残っています。

───本当に、デビュー後すぐ、次々と絵本を発表されましたね。

ネタはいっぱいお持ちだったようです。それをどうやって形にしていくかだけだったと思います。
『おもちのきもち』を出版して数ヶ月以内に、複数の出版社さんから「かがくいひろしさんのご連絡先を教えてください」というお電話があったのには「おおっ!」と思いました。
『おもちのきもち』はお正月の「鏡餅」が主人公ですから、当時、本屋さんの店頭に並べられていた期間は限定的だったはず。それなのに、そんなふうにすぐに他社の編集者さんから電話がかかってきた出来事は印象的でした。

───一般的には新人賞を受賞したばかりの、無名の新人作家さんという位置づけですものね。でも『おもちのきもち』の表情のインパクトといったら……一度見たら忘れられない(笑)。
絵本ナビでも、お正月の時期に限らず人気がある絵本です!

「だるまさん」シリーズ3冊がそれぞれ100万部をこえるミリオンセラーになって、今では多くの親子の方がかがくいひろしさんの絵本に触れるようになりました。
亡くなられる直前、『みみかきめいじん』の続編の話になったとき、スケジュール帳をちらっと見せていただいたのですが、翌年まで絵本制作のスケジュールがびっしりでした。

───亡くなられたのは本当に突然で、痛みで急遽入院されてから、あっという間の出来事だったとか……。

奥様から訃報のご連絡を受けたときは、信じられませんでした。とにかく落ち着かなくちゃいけないと必死でした。気持ちを押さえこまなければ、溢れ出してしまいそうでした。

今思い返しても一緒に絵本作りをさせていただいたのがたった4年とは思えません。かがくいさんから受けとるばかりで、こちらが全然返せないまま、突然逝ってしまわれて、私にとって特別な思いの残る作家さんになってしまいました。ましてや54歳というご年齢で、次はどんな絵本を作ろうかというアイディアでいっぱいでしたから、残念でなりません。

『うめじいのたんじょうび』の出版までに、時間がかかってしまいましたが、みなさんに読んでいただける形にできてほっとしています。もし待ってくださっていたファンの方がいたとしたら、「遅くなりましたが、出せました」という気持ちです。
かがくいさんと最後の仕上げができなかったことで、不安な気持ちもありますが、奥様にはたくさん相談に乗っていただけましたし、きっとかがくいさんは、この絵本が出版されることを喜んでくださると思います。

───読者のみなさんもきっと喜んでくださるにちがいありません。
絵本ナビとしても、かがくいひろしさんが残された『うめじいのたんじょうび』をこんなふうにご紹介できて、本当に幸せです。きょうはお話を聞かせてくださってありがとうございました。

おまけ。『おもちのきもち』ラフスケッチより

イメージ豊かなおもちのしぐさに、わくわくしちゃいます!
扉、見返しなど、合うカットを検討していたのがわかります(編集者の手元に残るカラーコピー。 アップにするとこんな感じ ↓



おもちの書き初め!

独楽回しに、凧あげも。

 class=

>>いよいよ最後に、かがくいひろしさんの奥様、加岳井久美子さんへのメールインタビューです!

───新人賞の応募作品である梅干しの「うめじい」が生まれるきっかけをご存知でしたら教えてください。

1995年頃から、思いつくままノートにアイデアを描き、記録するようになりました。新聞の切り抜きも貼っていました。当時のアイデアノートに、新聞の切り抜き「台風の暴風雨で落ちてしまった、たくさんの梅の実の写真」が貼ってあります。落ちた梅が不憫だったか、姿が愛らしかったか、きれいに思ったかわかりませんが、印象的だったのでしょう。
その頃テレビで「梅干しは何百年たってもだいじょうぶ」という情報を耳にしました。私も一緒に聞いて、「すごいねー!」と驚いた記憶があります。

その後、彼のお母さまの誕生日のお祝いの席で、自作の紙芝居『若き日のしまさん物語』を披露。この紙芝居制作のために、かがくいは義母に、生い立ちから結婚するまでのことをいろいろ聞きました。「小さい頃は足が速くておてんばだったのよ」と笑って話す義母が、そのときは車椅子を使うようになっていました。

以前から義母の顔は好んでスケッチしていました。特徴があって描きやすいとのことでした。うめじいを描きながら「おふくろに似てる」と話していたこともありました。うめじいの顔のしわなどに、それが生かされていると思います。このような要素が合わさって「うめじい」は生まれたのではないかと思います。


うめじいのイメージとお母さんを重ねて……。

以前からお母さんの様々な姿をスケッチ。

───『うめじいのたんじょうび』佳作受賞が、『おもちのきもち』の新人賞受賞につながったとかがくいさんがおっしゃっていたとか。どういう意味だったのでしょうか?

佳作入賞の時、受賞パーティーに招待され、私も一緒に行きました。そのとき審査員の先生方とお話しさせていただくチャンスがありました。これはぜひ聞いておかねばと思い「何が不足しているのでしょうか?」と勇気を出して話しかけました(周りからは「2度も佳作入選とはすごいね!」と言われましたが、かがくいは内心、今回も新人賞がもらえなかったと落ち込んでいました)。
その時、和歌山静子さんから貴重なアドバイスをいただいたのです。「梅干しの酸っぱさをなぜ生かさないの?」と。

これは次の応募作品で、おもちの素材感を出す大きな意識づけとなりました。 また、パーティーに参加していた地元松戸の書店員さんからの「かがくいさんなら必ず新人賞とれますよ。とったら原画展をやりましょう!」という励ましの言葉も、自信を無くしていたかがくいには大きな力となりました。

───『おもちのきもち』でデビュー後、絵本ナビのサイトも見てくださっていたとうかがいました。

私の知る限りでは、ひたすら自分の絵本作品の評価を気にしていました(笑)。
あまりほめてもらえないと気にするたちなので、「どんなにおいしくても、全員を大満足させられるラーメン屋さんてないでしょ。それと同じよ。」となぐさめていました。なぜ例えがラーメン屋さんかというと、かがくいはラーメンが大好きだったのです。
でも、そういう私も同様に自分のパソコンで、かがくいの絵本作品のレビューをチェックする日々でした。

───『おもちのきもち』発売後はどんどん出版のお話が進んでいったかと思います。その頃のかがくいさんは学校のお仕事もあり、非常にお忙しかったのではないかと想像しますが……。


たくさんのアイデアノート!

たしかに忙しい日々でしたが、作品依頼が次々に入り、心が弾んでいるようでした。
アイデアノートは、今か今かと出番を待つ物たちであふれていました。

絵本作家として受け入れられ、発表の場が開かれるという、それまで熱望していた状況が現実のものとなり、嬉しくて楽しくて仕方がない様子でした。
もちろん、本業である職場には兼業届を提出し、職務に差しさわりがないように努めていました。

───奥様とは大学で出会われたとのことですが、最初にかがくいさんにお会いしたときの印象はいかがでしたか?

出会ったのは私が大学3年生になり専攻を決め、彫刻研究室に入ったときでした。かがくいはまだ2年生でしたが、許可を得て彫刻研究室に出入りしていました。やる気にあふれる人だなと思いました。

───大学時代から絵本制作に至るまで、かがくいひろしさんの制作物はどのように変化していったのでしょうか。

◆大学時代の主な作品
・友人の頭像/塑像 ・裸婦モデル等身大/塑像 ・友人の頭像/木彫 ・甥の頭像/石彫 ・半具象オブジェ/石彫

◆就職して〜共働き期間(1981−1993)
・身近な人物や植物などをスケッチ
・人形劇を同僚と始め、土曜日の午後(当時半ドンでした)などを利用して練習。
クリスマス会などの学校行事で公演。数年後、仲間たちの転勤などにより活動休止。個人的には同僚の結婚披露宴などでミニミニ上演。後に、ひとりでできるものへと移行していきました。

◆私が退職してから(1993−2002) 家事の負担が減ったので、少しずつ表現活動を広げていきました。
・半具象の少し暗いイメージの絵 ・木製の箱の中に段ボールなどの再生紙素材の半具象立体を入れたもの ・木のパネルに段ボールなどの素材をコラージュした半具象作品
 *こういった作品の個展を3回やりましたが、期待していた評価が得られませんでした。
・新聞紙や段ボールを加工して作った立体作品
 *その中の作品『浄化装置』が紙わざ大賞準入選。作品が買い取りになりました。これで気持ちに一区切りつけられたようでした。

◆2002年頃から
・友人との話の中で講談社絵本新人賞のことを知り、絵本制作を開始しました。


きれいに整理されたパステル入れ。この中の画材からかがくいさんの絵は生まれました。

───勤めていた学校の同僚の方々と7年間ほどシンプルな人形劇を上演されていたとか。どんな人形劇ですか?

【例1】1リットル牛乳パックの側面に横に大きく切り込みを入れパクパクと口が開閉できるようにする。顔手足の部品を貼り付ける。それを150センチくらいの棒に横並びにたくさんくっつける。ひもで首からぶら下げる。『カメハメハ大王』の歌にのせて、人形の口をパクパクさせたりしながら踊る。

【例2】短い部分が鼻になるように傘の持ち手に両目玉を付ける。傘は閉じた状態で下のほうを持つ。数人が隠れるくらいの台を設置し、テクノサウンドにのせて、馬に見立てた傘を、台から出したり引っ込めたり走らせたりする。

養護学校(現特別支援学校)の生徒さんが楽しめるように、物語仕立てではなく、音と動きの要素で構成された人形劇を考えたのだと思います。校内の学校行事などで発表していました。家でもパーツを作ったり、曲を選んだり振付を考えたり。動きの練習などをしていました。

───リズミカルで落語的なやりとりはかがくいさんのお得意だったのでしょうか?
かがくいさんの趣味、お好きだったものを教えてください。

かがくい本人が三枚目を自覚し、普段からひょうきんでした。
絵本作品の中のリズミカルなやりとりは、人形劇の流れを汲んでいると思います。そして、そのもとになっているものは、漫画のギャグや「間」、映画館で観た海外のアニメーション作品やミュージカル作品や喜劇作品などの音楽と動きの融合、テレビで見たコメディアンの掛け合いとテンポ……。こういったものに感銘を受けたことなどが考えられます。

本屋が大好きで出先では必ず立ち寄っていました。美術関連、教育関連、絵本、図鑑、小説、漫画……たくさんの本が家に集まってきました。展覧会、個展、映画にもよく行きました。好奇心旺盛で勉強家でした。


電気スタンドなど身の回りのものに目や口をつけて楽しんでいました。

画材を買いに行った大型ホームセンターで、さまざまな道具を見て歩くのも、雑貨屋さんでちょっと変わったかわいい置物を見るのも好きでした。

使い古した机、畳、掘りごたつ、縁側などが好きで、そういった物に囲まれて生活したいと言っておりました。

───かがくいさんは、お漬物がお好きでしたか?

私たちの世代は、子どもの頃、お漬物は食事のたびに食卓に登場しました。義母が同居していましたので、大人になったわが家の食卓も同様でした。たくあん、きゅうりの糠漬け、ゆず白菜、かぶの浅漬け、梅干し、らっきょう。たまに奮発して、奈良漬け、千枚漬。かがくいは、しっかり漬かったものより浅漬けが好みでした。

───プライベートのかがくいさんはどのような方でいらっしゃいましたか?

娘が小学生になり学童保育所に通い始めました。そこでは、お父さんがお母さんに協力的な家庭が多く、かがくいもそれを見習って、それまでちょっと恥ずかしがっていたスーパーでの食材の買い物などするようになりました。共働きでしたので、私のほうが帰宅が遅くなることも多く、夕食の支度をやってくれました。
娘が思春期に入り、私が接し方に困りつい「うるさい!!」と怒鳴ってしまうような時には、必ず後でかがくいが、娘に冷静に説明しフォローしていました。

義母が、介護が必要となりデイサービスに通っていました。そこでは秋に施設のお祭りが催されていました。ある年に義母がカラオケで『リンゴの唄』を歌うことになりました。そこでリンゴの大きなお面を作り、当日かがくいがそれを付けて、スタッフさんたちも巻き込み、曲に合わせひょうきんな動作で踊り、見ている人を爆笑させました。
次のデイサービスで、義母は会う人ごとに「おもしろい息子さんだねぇ」と笑顔で言われたそうです。

───最後に、『うめじいのたんじょうび』をどのようにみなさんに読んでいただきたいか、メッセージがありましたらお願いいたします。

私が幼い頃、家に絵本はありませんでしたが、父がお布団の中で聞かせてくれる「吉四六(きっちょむ)さん」のお話に大笑いしていました。 娘が生まれて、絵本を買いました。仕事で疲れ、絵本を読みながら自分が先に寝てしまったことも、お酒を飲み過ぎてしまい、グダグダになりながら読んだ夜もありました。娘に絵本を読んであげようとがんばりました。
相手が孫になってからは、だっこしたり、横に並んですわったりして、読んであげる、分担して読み合う、読んでもらうなど、なんだか昔より無理せず楽しんで、絵本を読めるようになりました。

『うめじいのたんじょうび』は、おじいちゃんやおばあちゃんのお誕生日に読んであげて、そのあと若い頃のお話を聞かせてもらうというような使い方もできそうですね。この絵本が、皆さまのコミュニケーションのお役に立てれば嬉しいです。

───ありがとうございました!

(c) Madoka Inc.

編集後記

描かれて10年以上もの間、『うめじいのたんじょうび』が未発売のまま残されたのは? 50歳で絵本作家としてデビューされ、次々作品を生み出したかがくいひろしさんのお亡くなりになるまでの数年間が明かされた貴重なインタビューでした。

後半では奥様の加岳井久美子さんが絵本ナビの質問にメールでご回答くださいました。奥様のお話からは、家族に愛され、周囲の人たちや絵本や物作りを愛したかがくいひろしさんの長年の姿が生き生きと伝わってきます。
デビュー当時からかがくいさんを知る編集者に『うめじいのたんじょうび』原画を見せていただき、初めて撮影した取材チームは、漬物たちキャラクターの可愛らしさや彩色の美しさに、胸がいっぱいでした。

おとぼけ顔やニコニコ顔、迫力たっぷりの顔、ユーモラスな表情を見せてくれる梅干しの「うめじい」。子どもたちが「あっ、うめじいだ!」と言って絵本を手にとる様子を、きっとかがくいさんはどこかから笑顔で見ていてくださるにちがいありません。

 class=

インタビュー・文: 大和田佳世(絵本ナビ ライター)
撮影: 所靖子

 ★原画展情報★
かがくいひろしさんの「幻の新刊」『うめじいのたんじょうび』原画展開催中!
期間:2016年1月21日(木)〜2月10日(水)
場所:クレヨンハウス東京店1F 子どもの本売り場
お問合せ先:TEL 03-3406-6492 (11〜19時) ※土日祝日は10時半開店です。
(詳細はこちらをご覧下さい。)

 ★キャンペーン情報★
かがくいひろしデビュー10周年記念

ただいま、応募者全員「特製キャラクタークリアファイル」がもらえるプレゼントキャンペーン実施中です!
(詳細は講談社ホームページをご覧下さい。)

出版社おすすめ



パパぺんぎんはいつもたまごといっしょ!のはずが…?
kodomoeの人気グッズが絵本ナビで買える♪

かがくいひろし(加岳井 広)

  • 1955年東京生まれ。東京学芸大学卒。教諭として学校勤務のかたわら人形劇の活動や紙を使った造形作品を発表。
    2005年、『おもちのきもち』(第27回講談社絵本新人賞受賞作品)で絵本作家としてデビュー。子どもの目線に立ったテーマ選びと、ほのぼのとした画風が人気を集め、以来『もくもくやかん』(講談社)『おむすびさんのたうえのひ』(PHP研究所)、『だるまさんが』(ブロンズ新社)、『まくらのせんにん さんぽみちの巻』(佼成出版社)など話題作を多数発表。2009年9月急逝。

作品紹介

うめじいのたんじょうび
うめじいのたんじょうびの試し読みができます!
作:かがくい ひろし
出版社:講談社
おもちのきもち
作:かがくい ひろし
出版社:講談社
みみかきめいじん
みみかきめいじんの試し読みができます!
作・絵:かがくい ひろし
出版社:講談社
もくもくやかん
作・絵:かがくい ひろし
出版社:講談社
ふしぎなでまえ
作・絵:かがくい ひろし
出版社:講談社
はっきよい畑場所
作・絵:かがくい ひろし
出版社:講談社
全ページためしよみ
年齢別絵本セット