噴火した火の島を目指して、ドングリたちが隊列を組んで旅に出ます。集まった何百ものドングリたちは、「ドングリ、ドングラ〜!」と掛け声もいさましく、野を越え山を越え長い長い旅の末、ある目的を遂げるため海を渡るのです。このドングリたちの壮大な物語を作ったのは、『新幹線のたび 〜はやぶさ・のぞみ・さくらで日本縦断〜』(講談社)でも大人気のコマヤスカンさん。この物語がどのように生まれたのか、絵本の創作についてや、コマヤスカンさんご自身のことについてもお話を伺いました!
「ドーン!グラグラグラ」。海の向こうの島が、赤い火をふきました。それをみたトチノミたろうは、ドングリたちによびかけます。「ぼくらのたびをはじめよう!」と。すると、あっちの森からもこっちの森からも、数えきれないほどのドングリがあつまり、歌いながら進みはじめます。おそいかかるリスをはねのけ、雪山や砂の丘を越え、海を渡って、ついに、島にたどりついたとき、ドングリたちは…。 『新幹線のたび』のコマヤスカンの、渾身の物語絵本! 何百ものドングリたちの、山あり谷ありの大冒険スペクタクル! その一心不乱な姿は、個性豊かでどこかユーモラス。見ているだけで、あっという間に時間がたってしまうほど、すみずみまで描きこまれています。誰の心にも、希望と勇気がそっと芽を出すようなラストから、あなたは何を感じるでしょうか?
●これはやっぱりドングリたちの勇気や希望の物語なんだと感じられました。
───初めて読んだときは、おはなしのスケールとドングリたちのユニークな隊列に釘づけになりました。このおはなしはどのようなきっかけで生まれたのでしょうか。
もとは10年以上前に考えたおはなしなんです。四日市市にある子どもの本の専門店「メリーゴーランド」が開催している絵本塾へ通っていたときに、他の人がドングリを題材にした作品のラフ(ダミー本)を作ってきたことがありました。それを見て、ためしに自分もドングリをキャラクターにして描いてみたところ、中世ヨーロッパの騎士みたいに見えて。十字軍みたいに旅をしたら面白いなと思ったのがきっかけでした。
───主人公のドングリたちは、絵本らしいいわゆる「可愛いドングリ」とはひと味違うキャラクターですね。
ドングリをキャラクターにすると殻斗(かくと)(帽子)の部分が頭の上側になることが多いですが、この絵本のドングリたちは逆にとがったほうが上向きで、そこがちょっと変わったキャラクターになったかもしれないですね。でも、ドングリに詳しい人から、「いつかこの向きで描いてほしいと思っていた」と褒められました。幹についていて養分をもらうのは殻斗側のほうなので、植物用語ではとがっているほうが「柱頭」で反対側が「へそ」なんだそうです(笑)。
───もじゃもじゃの殻斗がヒゲになっていたり、襟のようになっていたり、キャラクターデザインのポイントになっているのが楽しいです。ドングリたちの衣装も見ているだけで飽きないですね。
ドングリは『拾って探そう 落ち葉とドングリ・松ぼっくり』(山と渓谷社)など木の実全般が載っている本をいろいろ調べながら描きました。衣装も実のイメージからヨーロッパ風、アフリカ風、忍者……、いろいろいます。隊長の「トチノミたろう」の衣装は、読者からアンパンマンみたいと言われることがありますが、石ノ森章太郎のマンガ『サイボーグ009』へのオマージュなんですよ。とにかく、いろんな文化が集まったような、ごった煮の集団にしました。
───たくさんの木の実たちが一体になって進んでいくところに、ワクワクします。
十字軍のイメージから思いついた物語ですが、戦いのシーンもあるので、できるだけ軍隊っぽくならないようにしました。いつもは違う文化を持っているドングリたちが力を合わせる姿を描きたかったんです。
しかし、ラフを作っていた2003年が、ちょうどアメリカによるイラク侵攻がはじまった頃だったので、当時ドングリたちの姿がどうしても兵隊に重なって見えてきてしまって……。一度このラフはお蔵入りにしたんです。
───そうだったんですね。絵本は2015年に出版されましたが、そこからコマヤスカンさんの気持ちの変化があったのでしょうか?
時間が経って、あらためて読み返してみると、これはやっぱりドングリたちの勇気や希望の物語なんだと感じられました。それでやはり絵本にしたいと思ったんです。
───絵本ナビのレビューでも、自然と生命のたくましさを感じたという声が寄せられています。
ラフの段階から、出版されるまでに変わった部分はありますか?
基本的なストーリーは変わりませんが、物語の最後の場面を編集者さんと相談して変更しています。ラフでは、ドングリたちが「おやすみなさい」といって終わっていたのですが、より未来を感じるラストになるように、芽が出ている絵のページで終わるようにしました。
葉っぱを布団にして寝るというのは、編集者さんのアイディアです。ラフのときはドングリたちは土の中に直接もぐっていたのですが、葉っぱの布団で寝た方が、葉っぱが肥料になって良かったなと思います(笑)。
それと、いきなり木が生えるわけじゃなくて、まず下草が生えてから木が生えるかなと、ドングリたちは、草の実も運んできているんですよ。
───最後のページに芽が出るシーンがあって、本を閉じると裏表紙では火の島が緑いっぱいになっている・・・。映画のような演出に感動しました。
ドングリたちの旅のなかにも、ドキッとする場面やクスッと笑ってしまう展開があるのも印象的です。リスとの戦いの場面の迫力! こんなアングルのリスは見たことないです。
絵本史上最も凶暴なリスですね(笑)。何を考えているか分からない、悪意のない怖さを出そうと描きました。森の中の場面ですがリスの巨大さを強調するために、ここでは木を描いていません。
───仲間のドングリが首根っこをつかまれてさらわれてしまいます。ユーモアと同時に、失うものは失うという、ちょっとした毒っ気もこの作品の魅力ですね。
リスにさらわれたドングリも、地面に埋めたまま忘れられたりして、ここで芽を出すといいですけどね(笑)。
───気が緩んだドングリが途中で芽を出してしまうシーンも面白いです。泣いて謝るドングリの姿が気の毒やらおかしいやら。本人の必死さに対して、周りで花札をやっていたり、我関せずという風なドングリがいるのにも笑ってしまいます。
この場面もはじめから構想があったシーンです。ムキムキのおじさんがむせび泣くって、なんだか可笑しいですよね。
ドングリたちの隊列は、「トチノミたろう」が隊長ということになっていますが、みんな立場は対等で自由なんです。ぼくは、集団がみんながみんな同じに懸命なのは何だか嫌で、こっそり怠ける人とか、渋々頑張っている人とか、いろんな人がいてマイペースなのがいいと思っています。
ぼくのデビュー作の『あっぱれ! てるてる王子』(講談社)でも働く集団の中で結構な割合で怠けている人を描いています(笑)。今は小さい子どもたちもすごく息苦しい世の中なんじゃないかと思っていて、もっと適当でもいいんだよ、先生が見てないとこでは怠けてもいいよ、と伝えたかったです。
───大人が聞いてもホッとしますね(笑)。コマヤスカンさんがにとって、特に思い入れがあるページはありますか?
この本の中で一番描きたかったのが、荒れる海と船のシーンの絵です。ミヒャエル・ゾーヴァの『ゾーヴァの箱舟』(BL出版)を読んだときから、こんな絵が描いてみたいなあと思っていました。
─── 一大スペクタクルな場面ですね。浮世絵のような格好良さも感じます。
そうですね。ペン画なので、葛飾北斎の波のイメージも入れています。