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南極で“タロ・ジロ”と越冬したネコがいた!? 『こねこのタケシ』-ほんとうにあったおはなし- 阿見みどりさんインタビュー

南極で越冬したネコがいたことを知っていますか? 『こねこのタケシ  南極大ぼうけん』は、1956〜58年、第一次南極越冬隊の隊員たちとともに南極で暮らしたネコの「タケシ」を描いた絵本です。第一次越冬隊は、映画やドラマ『南極物語』にもなり、犬ぞりの犬タロ・ジロがいたことは有名なお話。でもネコの「タケシ」が同じ越冬隊にいたなんて……知らなかった!
どうしてネコがいたの? 「タケシ」は南極で何をしていたの? 絵本ができたきっかけは……?
『こねこのタケシ 南極大ぼうけん』の作者、阿見みどりさんにお話を伺いました。

こねこのタケシ 南極大ぼうけん
作:阿見 みどり
絵:わたなべあきお
出版社:銀の鈴社

第一次南極越冬隊員たちのアイドル猫タケシ。タロ・ジロと一緒に南極へ行ったこねこのタケシの実話絵本!

南極で越冬したネコがいた!?

───『こねこのタケシ 南極大ぼうけん』を読んで、「南極にネコが行ったって、本当に!?」とまずびっくりしました。ネコって、「ネコはコタツで丸くなる〜♪」の歌詞のとおり寒いところが苦手なイメージだったのですが……このお話は実話なんですか?

表紙に「ほんとうにあったおはなし」と書いているとおり、実話です。わたしも最初に聞いたときは「えっ? 南極にネコって、どういうこと?」という気持ちでした。

───阿見みどりさんが最初に「タケシ」を知ったのは、どういうわけだったのですか?

当時わたしは編集者(本名:柴崎俊子さん)として色々な本を作っていて、ノンフィクション『タロ・ジロは生きていた 南極・カラフト犬物語』(初版:教育出版センター)の監修を、第一次南極越冬隊で犬たちのお世話係をしていた菊池徹さんにお願いすることになって……。
最初は、偶然だったんです。菊池さんが「タケシがさぁ〜」とおっしゃるのを聞いて、え? タケシ?って。どうやら人間のことじゃないみたいで、よくよくお話を聞いてみるとネコのことなんだとわかりました。「タケシ」ってね、越冬隊隊員たちのアイドルだったみたいなの。


作者の阿見みどりさん。「『タケシちゃんありがとう』という思いで書きました」

───アイドルですか!?

菊池徹さんによると、「ネコは縁起がいいからぜひ連れていってください」と出航前の港に、何人かの女性が、生後1ヵ月くらいの雄の子ネコを連れてきたんだそうです。菊池さんの上着のポケットに入れられて、南極へ向かう船<宗谷>に乗りこんでね、船の中で名前の募集が行われたみたい。南極観測隊を指揮する大隊長が永田武さんとおっしゃる方で、そこから名前をとって「タケシ」と名付けられたみたいなのね。みんな、ふだんは呼びすてにできない大隊長の名前を呼んで、「おい、タケシ!」なんて、こづいたりしてたって(笑)。

小さな「タケシ」は、カラフト犬の子犬たちと遊びながらぐんぐん大きくなって……。『こねこのタケシ』のエピソードはぜんぶ、菊池さんや、後に菊池さんに紹介してもらった通信担当の隊員・作間敏夫さんに話していただいたことなんですよ。


「つめたいこおりのせいかつで さびしいときもあるでしょう いらいらする日もあるでしょう そんなとき きっと このこは みなさんの やくにたってくれるでしょう」


南極観測隊隊長の名をとって「タケシ」と名前がつきました。

───「五十三名の隊員と七十七名の船員、それに二十頭のカラフト犬、一匹のネコ、二羽のカナリヤを乗せた<宗谷>は、一路、白い大陸へ向けて、二万二千キロの海の旅路についた。」(『タロ・ジロは生きていた 南極・カラフト犬物語』より)
この「一匹のネコ」というのが「タケシ」だったのですね。

タロ・ジロは生きていた 南極・カラフト犬物語
作:藤原 一生
出版社:銀の鈴社

南極・カラフト犬物語。南極で1年間生き抜いた2頭のカラフト犬。感動のノンフィクション、待望の復刊!

そうです。「二羽のカナリヤ」が、西堀栄三郎越冬隊長のカナリヤでね。<宗谷>から南極のオングル島に降り立って、冬を越すことになる11人の越冬隊員は、カナリヤとネコとずっと一緒だったんですよ。
当時、南極観測事業は、いくつもの国家が参加する世界的なプロジェクトだったんですよね。中でも、日本観測隊が割り当てられた観測地点の昭和基地は、とりわけ過酷な環境の場所。しかも日本から最も遠い。隊員たちは生きて帰れるか五分五分と言われたそうです。

越冬隊員の11人は地質だとか天文だとか、いずれもそれぞれの分野の専門家で、互いに尊敬し合っているからケンカは全くなかったそうですけども……。太陽がのぼらない、氷にとざされた世界で基地にこもる日もあって、「タケシ」とカナリヤは心のなぐさめになったんじゃないでしょうか。(*現在は生態系への影響を鑑みて、南極への動物の持ち込みは国際的に禁止されているそう)


11人の第一次南極越冬隊隊員。前列中央が西堀隊長。後列右から2人目が菊池さん。


三毛猫(トラ柄ともいう)の雄のネコだったタケシ。

南極に着いて昭和基地にもなじんで、長靴の中に入れられたりタバコの缶をかぶせられたり、芸を教え込まれたり……。「タケシ」は何をされてもされるがままだったんですって。話を聞いていて「タケシ」がいじらしくなりました(笑)。


───可愛がられていたんですねえ。「きをつけ!」のポーズがかわいい。

とくに通信係の作間敏夫さんは「タケシ」がなついていた人で、夜になると作間さんの寝袋の中にもぐりこんできて、毎晩のようにお腹の上で寝てたんですって。

犬たちは、不幸なことに、心ならずも結果的には南極へ残してくることになってしまったから、タロ・ジロが生きていたときは大ニュースで、映画や本にもなってタロ・ジロの活躍を知っている人はけっこういるんですよね。一方で「タケシ」のことはニュースにはならないし、今も「タケシ」が存在していたことを知らない人はたくさんいるんです。でもね、わたしは「タケシ」って、えらかったなあ……と。過酷な環境で越冬する隊員たちの潤滑油になって……素晴らしいネコちゃんだなって思ったの。だからお話を書きたいと思ったんです。

「タケシ」が南極から帰ってきた後どうなったのか、菊池さんにも作間さんにも聞いたんだけど、はっきりと教えてくれなかったんです。ただ「いなくなった」というだけ。わたしはタケシのことを思うと切なくてね。だから「タケシちゃんおつかれさま、ありがとう」って、「タケシ」への哀悼の思いで文章をかきあげました。わたなべあきおさんに絵をお願いして、阿見みどりの名前で1986年に教育出版センターから絵本『こねこのタケシ』を出版しました。『タロ・ジロは生きていた 南極・カラフト犬物語』を出版してから3年後のことです。

『こねこのタケシ』は、せっかく作ったけれど、しばらく品切れで眠っていた本だったんですよ。2006年に復刊後、問い合わせが増えて、最近はときどきタケシのことを聞かれるのが嬉しいんですよ。

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阿見みどり(あみみどり)

  • (本名 柴崎 俊子)
    1937年長野県飯田生まれ。学齢期は東京自由ヶ丘から疎開し、有明海の海辺の村や、茨城県霞ヶ浦湖畔の阿見町で過ごす。都立白鴎高校を経て、東京女子大学国語科卒業。卒業論文は「万葉集の植物考」。日本画家の長谷川朝風(院展特待)に師事する。神奈川県鎌倉市在住。

作品紹介

こねこのタケシ 南極大ぼうけん
作:阿見 みどり
絵:わたなべあきお
出版社:銀の鈴社
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