───しばわんこには色んな魅力があると思いますが、やはりキャラクターたちの魅力も人気の理由だと思います。登場人物の設定は初めから決めていたんですか?

上品な笑顔が印象的な幸子さん最初はしばわんこしか決まっていませんでした。それと、おばあさんを登場させることは決めていたんですけど、幸子さんの様なおしとやかな感じではなく、エアロビが趣味の元気なおばあちゃん(笑)。アルバイト少年もサラリーマンという設定でした。
───それはそれでおもしろそう!
巻を重ねるごとに、ゆきちゃんとおそば屋さんが親密になったり、アルバイト少年が失恋を重ねたり(笑)、最初小さかった双子が七五三を迎えたり…。人物たちが成長しその時々で生活を織りなしていくのが読んでいてとても面白かったのですが、登場人物の構想はどのように考えたのですか?
連載になることが決まってしばらくたったとき、編集部から「しばわんこの家族を作ってほしい」という話を頂いたんです。そこで私は本当の家族ではなく、「擬似家族」を作ろうと思いました。
それは当時、ひとり親家庭の子が増えてきていて、お父さんとお母さんがいて、お祖父ちゃんお祖母ちゃんがいるという、日本の伝統的な家族を描くことが子どもの生活から離れてしまうと感じたからでした。しばわんこの世界は今までなじみのなかった伝統、和について紹介している作品なので、ひとつの家族の形を描いてしまうと、そこに当てはまらない読者が入って来られなくなると思ったんです。なので、血のつながりはなくても誰でも入りやすいお家を作りたかったんですね。

───しばわんことみけにゃんこのお家があるのはそのためなんですね。
そうです。一見、すごく庶民的で日本的な場所なんですけど、実際にはありえない、ファンタジーの世界。そこに幸子さんやおそば屋さん、アルバイト少年が入ってくることで、ひとつの擬似家族の姿が描けないかなと思って。
───おそば屋さんは二人の子どもを育てるシングルファーザーだったり、幸子さんはご主人に先立たれていたり、登場人物それぞれに何かしら訳がある様に感じるのはそういう意図があったんですね。
完璧じゃないものにしたかったんです。立場も生い立ちも違う人たちが集まっているのにひとつの家族のようにも見える…そういう形にすることで、しばわんこの世界はより広がりを出せるようになったと思います。
───そう考えると、しばわんこもとっても不思議なキャラクターですよね。なんだか、普通の柴犬じゃないみたいで…。
しばわんことみけにゃんこは、純粋な魂のような、精霊のようなものにしたいと思って描きました。人間の純真さや、無垢な部分を、この子たちが媒介として届けてくれる。そんな役目にしたかったんです。
───キャラクターのエピソードを伺えて、「しばわんこの世界」の奥深さを改めて感じました。「MOE」で連載をしている中で、読者の感想が多く寄せられた回や、川浦さんが特にお気に入りのエピソードの回などあると思います。いくつか教えていただけますか?

「めぐる季節は黄金色」(『しばわんこの和のこころ』)よりひとつは、「めぐる季節は黄金色」です。
これは、9.11のテロが起きたときに描いたものでした。テロのニュースを知って、何を描いたらいいのか分からなくなってしまいました…。
それで悩んだ末に描いたのが、みけにゃんこのお茶碗が割れたおはなしでした。
何か大切なものを失くしたとき、人はどうやって立ち直っていくんだろう…とか、失くした人に対してどう接したらいいんだろう…という気持ちを、日本的なお茶碗に絡めながら、季節の巡りを描いて…。テロからお茶碗のおはなしが生まれたのは自分でも不思議でしたが、単行本が出てしばらくして、お父様を亡くしたという読者の方から、「めぐる季節は黄金色を見て、父を亡くした悲しみが薄まりました」という感想のおハガキを頂いたんです。
何気ない喪失のおはなしだったんだけど、失った経験をもつ人には伝わったんだと思ってすごく嬉しかったです。

「思い出の星月夜」(『しばわんこの和のこころ3』より)
「思い出の星月夜」は、読者の方にも人気の高い作品です。特にネコ好きの方からは「泣きました!」という感想のおハガキをたくさんいただきました。
最初は、8月のお盆をテーマに何を描こうか悩んでいて、父にお盆の思い出を聞いたら、トンボが家の中からちっとも逃げて行かなくて、親せきが「あれは亡くなったお母さんじゃないか」っていう話になったというのを聞いて「その話、いただきます!」って思ったんです(笑)。
ぶちにゃんこは私の中でも大好きなキャラクターですね。
しばわんこを通じて、いろんなところに取材に行かせていただきましたが、「和菓子の思い出」は特に楽しい取材でした。
神保町にある「和菓子処 さゝま」さんに伺ったのですが、とても凛々しい女性の職人さんがいらっしゃったんです。話を聞くと、和菓子職人になりたくて、弟子入り志願したんだけど、和菓子職人は体力勝負だからと断られて…それでも何度も頼み込んで、和菓子職人を目指している方でした。とても感動して、働いている和菓子職人の皆さんに絵本に出てくる職人のモデルになってもらいました(笑)。
最近になって、別の女性の和菓子職人さんが、このおはなしを読んでご自身も職人を目指されたということを聞いて、責任重大なおはなしを描いたんだなと驚きました。

「和菓子の思い出」(『しばわんこの和のこころ3』より)

川浦さんがご自身でデザインした、しばわんこの着物───どの回にもそれぞれ川浦さんの思い入れがあって、それが読者にしっかりと届いているんですね。私は、幸子さんが毎回季節感のあるステキな着物を着ているのが、見ていてとても楽しかったです。この着物も川浦さんが実際に着ていたものなのでしょうか?
そうですね。私が持っている柄も描きましたし、母からもらった着物の柄、お茶の先生の着ていた柄、着物雑誌に載っていて、着てみたいと思った柄も描きました。着物は柄や素材で季節を表現するので、毎回どんな着物を幸子さんに着てもらうか、考えるのは大変だけど楽しかったですね。

───元々、イギリスがお好きで、繊細なタッチの絵を描かれていたという川浦さん。子どもの頃に読んでいた絵本の思い出などはありますか?
本はすごく好きでしたね。特に好きだったのは『ふしぎなお人形』や『人形の家』を書いたルーマー・ゴッデン。ゴッデンの作品では、物を作っていく描写がとても緻密に描かれていて、創作に対する私の原点だと思います。あと、子どもの頃の思い出で強く残っているのは、ムーミンシリーズ。これは父が本を買ってくれて読んでくれたんです。
───お父さんがムーミンを読んでくれるなんて、すごく雰囲気が出そうですね。
ユーモラスでありながら、ちょっと物悲しさもあって、不気味さもあって、暗さもあって…。トーベ・ヤンソンの描く独特の世界に強烈に惹かれました。子どもって明るい世界ばかりではなく、ちょっと暗さとか、恐怖とかにも強烈に惹かれてしまうんですよね。

───お父さんから読んでもらった本は他にもあるんですか?
ムーミンだけでしたね。
でも『小公女』(作:フランシス・ホジソン・バーネット 訳:脇明子 出版社:岩波書店)や『ひとまねこざる』(作・絵:H.A.レイ 訳:光吉夏弥 出版社:岩波書店)や『長くつ下のピッピ』(作:アストリッド・リンドグレーン 訳:大塚 勇三 出版社:岩波書店)などの名作は父が買ってくれました。
───洋書の絵本に目覚めたのはいつごろだったのでしょうか?
それは大学時代。私は、武蔵野美術短期大学に通っていたんですが、ほるぷ出版から発売されていた「オズボーン・コレクション」が大学内で販売されていたんです。その中の『妖精の国で』(リチャード・ドイル)という本に出会って衝撃を受けました。
こんなにも美しい本があるのかと。どうしても欲しくて親に内緒でローンを組んで買おうとしたほどです(笑)。絵を描くことは大好きで、小さいころからずっと描き続けていたのですが、オズボーン・コレクションと出会って、イラストレーターの夢がより現実になりました。
───『しばわんこの和の行事えほん』の話から、「しばわんこの世界」全体のおはなしまで、いろいろ伺えて本当に楽しかったです。最後に、しばわんこシリーズを通して、絵本ナビのユーザーに向けてメッセージをお願いします。
しばわんこの和の世界は、私自身にとって懐かしい場所を作りたくて描きました。懐かしいけれど新しくて、誰もが気軽に入ってこられるような世界。それは何も特別なものではないと思うんです。日常生活の中にも自然と入り込んでいることで、誰もがしばわんこのように季節を感じたり、和を楽しんだりして過ごすことはできるのかな、と。そんな風に感性豊かに暮らしを楽しむきっかけにしていただけたら嬉しいなと思います。
───しばわんこの世界を読んで、意識するだけでも、毎日に変化が生まれそうです。
「しばわんこの和のこころ」シリーズにはそれぞれ「季節の喜び」や「日々の愉しみ」など気負いのないサブタイトルが付けられていますが、たとえばくちなしが登場する場面を読んだ後に、外に出てくちなしの香りをかげば、その香りと景色を何年経っても覚えている。特別な物語があるわけではないのですが、その時々の楽しみとして読んでいただけるといいなと思います。
今までのしばわんことは一味違う『しばわんこの和の行事えほん』、小さいお子さんからお父さんお母さん、お祖父ちゃん、お祖母ちゃんまで、家族のコミュニケーションを取っていただけたら嬉しいです。

川浦さん、白泉社の担当・位頭さんと一緒に。───ありがとうございました。しばわんこのように、我が家も気負わず、和を感じる暮らしを楽しんでいこうと思います。
インタビュー: 竹原雅子 (絵本ナビ編集部)
文・構成: 木村春子(絵本ナビライター)
撮影:所靖子