「だるまさんシリーズ」をはじめ数々のヒット絵本を世に送り出し、4年の絵本作家生活を駆け抜けたかがくいひろしさん。2009年に54歳で亡くなられてからは新たな本は出版されていませんでしたが、デビュー10年を記念して講談社絵本新人賞佳作作品の『うめじいのたんじょうび』が発売されることになりました。
“幻のかがくいひろし絵本”誕生の背景について、講談社の担当編集者だった小川さんにお話をうかがいました。
また、かがくいひろしさんの奥様の加岳井久美子さんにメールでご質問し、たくさんの貴重なお話をうかがうことができました。
- うめじいのたんじょうび
- 作:かがくい ひろし
- 出版社:講談社
今日はうめじいのたんじょうび。ところで、うめじいって、いくつなんだろ? 100さい? 200さい? 1000さい? 浅漬けきゅうりや、たくあんや、らっきょう漬けや千枚漬けが、梅干しのうめじいを囲んで、誕生日を祝います。 あらゆるものへのあたたかい目線あふれる、ゆかいな絵本。
●また “かがくいひろし絵本” に会える!
───かがくいひろしさんには以前絵本ナビでインタビューさせていただいたことがありました(>>こちら)。やさしくて茶目っ気のあるお人柄が印象的でした。
このたび新刊が発売されると聞いて、「また“かがくいさんの絵本”に会える!」と嬉しくてたまりません。『うめじいのたんじょうび』はどのようないきさつで出版が決まったのですか。
編集者:
「うめじいのたんじょうび」は2004年に行われた講談社絵本新人賞の佳作作品でした。かがくいさんは2003年に「はっきよい畑場所」で佳作入賞していますので、2度目の入賞ということになります。
2005年「おもちのきもち」で見事新人賞を受賞し、絵本作家としてデビューされました。
同じ佳作の『はっきよい畑場所』はその後出版することができましたが、「うめじいのたんじょうび」は、かがくいさんとやりとりするチャンスのないまま亡くなられてしまいました。ずっと「うめじいのたんじょうび」があることは心のどこかで気になっていましたが、亡くなられてすぐには、出版することは考えられなかったのです。
───それは、なぜですか。
やはり、かがくいさんご本人と作品について話し合い、表紙の絵を描き下ろしていただいて、やりとりを重ねたものを作品として世に出したかったからです。そうできなかったことが残念でなりませんでした。
───表紙の絵は残されていなかった?
ええ。当時の応募作品の規定は「扉絵1枚と11見開き」となっています。通常、出版が正式に決まってから、表紙の絵をどうしましょうか、という相談が行われます。
今回は中身の絵のなかから、表紙にするものをかがくいさんの奥様と相談して選びました。
───なるほど、そうだったのですね。
それで今回『うめじいのたんじょうび』を出版することになったのはなぜでしょうか。
かがくいさんが『おもちのきもち』を出版されたのは2005年の12月。2015年の年末がちょうどデビュー10周年でした。
かがくいさんは亡くなられてしまったけれど、この10年間、かがくいひろしさんの絵本は本当に多くの方に読まれてきました。未発売の「うめじいのたんじょうび」も、きっと多くの読者の方に喜んでいただけるんじゃないかと思えるようになったからです。
それで、奥様に出版をご相談しましたら、快くご了承いただくことができました。出版準備をはじめてから、「こんな絵が出てきたんですけど」と奥様に一枚のスケッチを見せていただいたときは嬉しかったです。この絵本のために描かれた訳ではなかったようですが、習作のようなものでしょうか、表情豊かな梅干しが紙いっぱいに描かれていました。見返しに使わせていただいています。
───小川さんがかがくいさんの担当編集者となられたのはいつ頃ですか?
かがくいさんが新人賞を受賞されて、『おもちのきもち』を出版することになったときです。
───最初にかがくいさんの作品を見たのは?
2005年の新人賞応募作品下読みのときに「おもちのきもち」を見たのがはじめてです。当時私は別の部署から異動してきたばかりでした。このときは632作品の応募がありました。
選考委員に高畠純さん、荒井良二さんといったすでに著名な絵本作家の方々がいらしたのですが、作風がそれぞれ全く違う先生方が「いいね、いいね」と評価していらっしゃったのが印象的でした。
やはり他の応募作品と比べても、ダントツに絵の個性、キャラクターの強さがありました。
まずおもちの表情がこのしかめ面ですからね(笑)。パステルでやわらかく描いておきながら、しかも、おもちだからふっくらして可愛いのかなと思ったらぜんぜん違って、八の字眉で(笑)。見たことのない絵だけどおもしろいなあと思いました。新鮮な感じがしました。
───新人賞受賞のご連絡をされたのは小川さんですか?
お電話を差し上げたのは別の編集者でしたが、受話器の向こうで「キャー!」という感じでまるで女学生のように喜んでいらしたそうです(笑)。
───かがくいさん自身もそのエピソードは話していらっしゃいました(笑)。奥様と一緒に本当に喜び合ったそうですね。
当時50歳で、それまで2回連続佳作止まりだったので、もう講談社新人賞への応募はやめようかとも思っていたようです。
でも新人賞をとる前の、佳作入賞時のパーティで、かがくいひろしさんの作品を見て応援していた書店員さんがいたんですね。かがくいさんがお住まいだった千葉県の書店の方が「(新人賞をとって出版が決まったら)ぜひ原画展をやりましょう!」とおっしゃって。
地元だったこともあると思いますが、デビュー前にすでに書店の現場の方の心をつかんでいました。やはり作品に力がなくては、そういったことにはならなかったと思います。
●「漬物」たちのユーモアたっぷりの掛け合い
───あらためて『うめじいのたんじょうび』についてうかがいます。
うめじいっていくつなんだろ? 100さい? 200さい? それとも1000さい?
登場人物がぜんぶ「漬物」というのが、意外で可愛いですよね(笑)。
ふたごのらっきょうが「うめじい うめじい なんさいだか なんさいだか しってる しってる?」と二人揃って言うのも可愛いし、千枚漬けが「きょうはうめじいの たんじょうびづけ」と言うのも……(笑)
みんなが「そうづけ。あっ、うつっちゃった」と言うんですよね(笑)。やりとりがおかしいですよね。
───物知りのはずの漬物石のじっちゃんに、うめじいが何歳だか聞いてもらうことにするのですが……。二人の会話は「ボソボソボソ」「トントコピー」に「コソコソコソ」「ウッテンパイ」。お年寄り同士のおしゃべりって、たしかに何を話しているのか聞き取りにくいことはありそう(笑)。
かがくいさんの絵本には擬音語や擬態語がよく登場します。頭で考えるより、体や感覚で「おもしろい」とか「楽しい」と受けとめるのを大事にされていました。もともと養護学校(現特別支援学校)の先生でいらしたので、その経験や活動をとおして、低年齢のお子さんや障がいがあるお子さんでもみんなで楽しむことができる絵本をと思っていらっしゃったのかもしれません。
───結局うめじいが何歳だかわからない。だからみんなでありったけのロウソクをたててお祝いすることにします!
ロウソクを、フ〜〜〜っと吹き消す顔がすごいですよね。それまでのおだやかでニコニコしたうめじいの表情から一変(笑)。
───本当ですねー! 迫力があります(笑)。 実際の絵をぜひ見ていただきたい場面ですね。
●『うめじいのたんじょうび』原画初公開!
こちらに、原画を持ってきました。
───わあっ、きれいな色! 素敵!
空のあざやかなブルーは、たぶんお好きな色だったのでしょうね。『おもちのきもち』でおもちが逃げ出すときの空も、このブルーが爽快です。漬物たちとの色のコントラストもいいですよね。
───白い用紙ではなく、茶色っぽい紙に描かれているのですね。
漂白した白でない、ナチュラルな色の紙に描かれるのがお好きだったみたいです。原画はたいていこの色の紙に描かれていて、『うめじいのたんじょうび』ではこの地色を生かしつつ、多少トーンを明るくして印刷しています。
───画材は何でしょうか。パステル?
パステル中心で、部分的に色鉛筆も使っているのかも?
かがくいさんは大学で彫刻を専攻されたこともあって、描いたあとにどうしても手でさわりたくなるとおっしゃっていました。それでこの独特のぼかし具合やニュアンスが出ているのだと思います。
───原画ならではの素晴らしさですね……(ため息)。
(*インタビューの最後に、原画展の開催情報があります。ぜひご覧下さい!)