『からだ・あいうえお』は、現役の小児外科医の先生が、「原案」という形で深く関わっている絵本。お医者さんの視点から親子に役立つ言葉が「あいうえお」の順に並ぶ、今までにない絵本になっています。絵本作家・中川ひろたかさんの文章と、イラストレーター・佐々木一澄さんの絵も楽しい、ユニークな作品です。
原案を担当された、東京慈恵会医科大学小児外科診療医長 吉澤穣治先生にお話を伺いました。ずっとこの絵本が作りたかったという吉澤先生に、絵本ができるまでの経緯や、子どもたちへ向けた思いを伺いました。
●親子に向けて、病院側から伝えたいことがあったんです。
───小児外科医の先生が原案を担当された「あいうえお絵本」ということで、本を開く前から興味津々だったのですが、ページを開くと、「そ」が「そうきはっけん」! 「こんな“あいうえお絵本”、見たことない!」とびっくりしました。 まず、吉澤先生の普段のお仕事のことをお伺いできますか?
内視鏡外科の専門医として、主に消化器系の病気の子どもたちの診療や手術を行っています。生まれたその日から手術しないといけないという子もいるのですが、治療すれば元気になって一生過ごせることが多いので、やりがいがある仕事です。内視鏡手術では、ほとんど手術跡が残らず治るので、例えば小学校のプールの授業で傷を気にするなんてことも今では少なくなっているんですよ。
───何歳くらいのお子さんを診られているのでしょうか。
僕が手術するのは、0歳から1・2歳が多いです。それから小学生。小さい頃に手術した子どもを、手術後、大学生くらいまで診察するなどフォローアップすることもあります。
───毎日、さまざまな年齢の子どもたちと触れ合われているのですね。
とてもお忙しいと思うのですが、今回、絵本の原案を吉澤先生が担当されるきっかけは何だったのでしょうか。
ずっと、子どもたちが喜んでくれるもの、子どもたちの役に立つものを作りたいという思いがありました。
もともと絵本やぬいぐるみなど、かわいいものが好きなんです(笑)。家内が幼稚園の先生をしていたこともあり、家には150cmくらいの大きいアンパンマンの人形があったりするんですよ。
───吉澤先生にとって、子どもたちが喜ぶ、役に立つものが、絵本だったのですね。
そうですね。一方で、世の中の親子に向けて、病院側から伝えたいこともあったんです。
───病院側から伝えたいこと、ですか?
はい。子どもって、予防接種や健診で小さいときから病院に来ますよね。外来で走り回る子どもや、それを注意しないお母さんを見ていると、病院は社会的なマナーを学ぶチャンスの場でもあるのになあと思うことがあります。この絵本で、マナーにはあまり触れていませんが、病院は公共の機関で、具合の悪い人もいて、静かにしなきゃいけないんだよ、と、どういう場所なのか学んでもらいたいという思いがありました。
それから、予防注射などの医療が発達してきて、今の若いお母さんたちは自分たちがあまり病気になったことがないんです。熱が出たら冷たいタオルや氷嚢で冷やす、おなかの調子が悪いときは消化の良いものを食べる、といった、基礎知識が不足してきていると感じることがあります。家庭での看護力というものを、病院側からも少しアピールしていかないといけないと思っていました。
───家庭でもっと病院と病気への知識を持ってほしいという思いがあったのですね。
それと、待合室などで、お父さんお母さんがお子さんを注意するときに、「静かにしないと大きい注射してもらうよ!」と、言うことがありますね。あれで子どもたちは病院に来るのが嫌になってしまうんです。それもどうにかしたい!と思っていたのもあります(笑)。
───よく聞く言葉な気がします(笑)。たしかに、それだと病院は怖いところ、お医者さんは注射する怖い人、になってしまう…。
多くの子どもは最初病院に予防注射で来るのに、「怖い」というイメージでやってくることになってしまう。なんとか、「病院は、怖いことばっかりしてるんじゃなくて、みんなの元気を守ってあげるためのところなんだよ」とわかってもらえたらいいなと。
大人でも子どもでも病院に行くのは不安ですよね。でも、先にどんなことをするのか少しでもイメージがあると、恐怖心も和らぐと思うんです。だから、ご家庭や、診療前の待合室で、親子で読める絵本がほしいと思っていました。
───どのくらい前から構想があったのでしょうか?
もう15、6年前からでしょうか。ずっと考えていましたね。 そのことを、昨年、厚生労働省の「小児救急でんわ相談(#8000)」のポスターを作る仕事でやりとりをしていた編集者さんに相談したところ、「面白そうですね」と賛同していただいたんです。
───長年の思いが形になったのですね。