●ストレスと付き合うスキルを身につけていれば、たくましく生きていけると思うんです。
───いとうさんは現在カナダにお住まいだそうですが、キッズヨガはいとうさんにとって身近なものだったのでしょうか?
私自身、長年ヨガをやっているのですが、カナダに住みはじめた頃、キッズヨガに興味を抱いたイベントがありました。カナダのウィニペグで、ヨガフェスティバルに参加して、数日間にわたり、いろいろな種類のヨガや瞑想、ヨガニードラ※のクラスを体験したんです。その中に、キッズヨガのクラスがあって、二人の息子と参加しました。
※ヨガニードラ…休息の姿勢をとりながら行うヨガ・瞑想。
息子さんと参加されたヨガフェスティバルでの写真を見せていただきました。
───屋外でのヨガは、とても気持ちが良さそうですね。
だだっ広いカナダの平原に寝そべり、深呼吸を繰り返すと、自然と心も体も開放的になって、今まで味わったことがないほど、深くリラックスするのを感じました。頬に風を受け、鳥の鳴き声を耳にしながら、空を見上げるって本当に気持ちがいいんです! 忙しい毎日の生活の中で、めったにやらないことですよね。
普段些細な事でケンカする息子たちが、この時はきちんと先生の指示に従い、お互いの額と胸に手を当てて目を瞑っていたのですが、その姿がとっても神々しく見えて。相手の温かさや鼓動を感じることって、意識して確認することはないですが、何かとても大切なことを教えてくれていると感じました。これがキッズヨガとの最初の出会いです。
───キッズヨガに、より深く関心を持ったのはどうしてですか?
たまたま立ち寄った本屋さんに、キッズヨガ専門のコーナーを発見したことがきっかけです。驚きました。ヨガ絵本がズラッと並んでいて、ヨガDVDや指導者向けのマニュアルカードなどがあり、カナダはキッズヨガが社会に浸透しているんだと実感しました。それから、いろいろなヨガやマインドフルネス※の絵本を読んで、いつか翻訳できたらなと思うようになりました。
※マインドフルネス…今、ここで起きていることに注意を向け、評価や判断を下さずに物事をあるがままに受け入れる状態。欧米では、ストレスに対処する心のエクササイズとして医療・教育等の現場で実践されている。
カナダの書店で並んでいるヨガの絵本
───そのなかで、翻訳することになる“Good Night Yoga”とも出会ったのですか?
“Good Night Yoga”も本屋さんで目にしたことのあった絵本でしたが、実ははじめはあまり翻訳したいと意識していなかったんです。でも、以前翻訳した『こえだのとうさん』の出版社バベルプレスで、“Good Night Yoga”の翻訳オーディションがあると知り、それをきっかけに、最後まで読んでみました。それから、ぜひ日本でこの絵本を紹介したいと思うようになりました。
───どんなところに魅力を感じたのでしょうか。
呼吸やヨガの動きだけでなく、安眠を誘うような瞑想(ねたまんまヨガ)の部分があることに、価値を感じました。今まで読んだヨガ絵本は、子どもたちがイメージしやすいように動物を真似たポーズが載っているものが多かったのですが、瞑想の仕方が載っているのは画期的だなと。特に、私の長男は、なかなか眠りにつけない子どもだったので、役立つのではないかと思ったのもあります。実際、絵本の読み聞かせをしながら、息子たちと体を動かしてみると、たった5分程度でとても落ち着いた雰囲気になったんです。
───お子さんに読み聞かせをして、たしかな効果を感じられたのですね。
本格的に翻訳に取り組むことが決まり、キッズヨガのことをもっと知りたくなって、息子の小学校へヨガのクラスを見学に行きました。実は、子どもたちが転校した小学校で、ヨガの授業があったんです。ヨガの授業は、学年別クラス毎に週1回45分行われています。ちなみに、この学校には、小学1年生から中学2年生までの生徒が通っていて、言語も宗教も肌の色も全く異なる生徒たちが集まっています。初めて授業の見学に行ったとき、こんな素晴らしい授業があるんだと涙が出るほど感動しました。
───それは、どんな授業だったのでしょうか?
まず、ヨガの教室に入ると、生徒たちはヨガマットの上で5分から10分、先生の誘導を聞きながら、呼吸に意識を向けて仰向けまたは横向きに寝るところから始まります。スローなリラックス音楽を流し、先生が「吐く息、吸う息に集中してね。だんだんと呼吸をゆっくりにしていくわよ」と優しく生徒に話しはじめると、少しざわついていた教室が静寂に包まれていきます。
小学校3年生のヨガのクラス
5分程度瞑想した後に、絵本やストーリーに合わせて、ヨガのポーズをしたり、ペアでヨガをしたり、体幹を鍛えるヨガをしたり、上級生と下級生が混合で一緒にヨガをしたりします。
学年や生徒たちのその日のストレスレベルに合わせて、内容を変えるそうですが、小学校低学年には「静」と「動」のメリハリがある楽しいクラス展開をしています。中学生ともなれば、大人と変わらないプレッシャーやストレス、体の凝りを抱えていますよね。なので、気持ちを落ち着かせ、体の強張りをなくすようヨガの動きや瞑想の時間を多くしています。
中学校2年生のヨガのクラス
授業の最後は、新しいポーズに挑戦した自分を褒め、ペアヨガの相手に感謝し、リラックスする時間を持てたことに感謝の気持ちを捧げることで終わります。
───身体を動かすことと同時に、リラックスして、しっかり心と向き合う時間があるのですね。
そうなんです。「今、ここにいる間は、授業やテストや抱えているストレスは一旦横に置いて、余計な思考を止めて、自分を労わる時間よ」という先生の言葉を聞いて、生徒たちがほっと安らげる時間と空間の大切さを感じました。心を休ませることで、気持ちの余裕と活力が生まれるんですよね。自分に優しくすること、ありのままの自分を認めること、そんなメッセージを送ってくれる授業って、素晴らしいと感じました。
───週に1回でもそういう時間を持つことで、心の状態が違いそうです。
ヨガのクラスの後は、みんなの表情が穏やかなんです。次の授業にも、ヨガの効果が続くのか、子どもたちがとても集中しているそうです。一流のスポーツ選手やビジネスマンが生活にヨガを取り入れているのには訳があるんだなと納得しました。
こんな風に実際に、ヨガの授業を見学したり、生徒たちと一緒にヨガをしてみて、子どもたちにとってもヨガは必要不可欠なのだと分かりました。ヨガは大人だけのものではないんですよね。小さいときから、自分の感情やストレスと付き合う知識とスキルを身につけていれば、強くたくましく生きていけるはずだと思うんです。だからこそ、日本でもキッズヨガの輪が広がったらいいな、そういう思いを込めて、絵本の翻訳に取り掛かりました。
───翻訳の作業で、大変だったことはありますか?
原書では、ヨガの動きの部分が少し曖昧で、耳で聞いただけではポーズをとれないところもあったのですが、私は目に障害のある方にも、楽しんでいただきたいと思ったので、必要な言葉を補いました。
詩の部分で、原書ではひとつの文章が6ページにわたり続いており、どうすべきか非常に迷いました。今でもベターな訳はなかったのか、考えたりします。本当に果てしない作業です。
───ヨガの動きを説明する文章も、心がゆったりするような優しいことばが使われていますね。
自分のつけた訳で、実際にヨガの動きが出来るか確認しながら、何度も改訳し、ヨガの先生にも意見を伺いました。最後に役立ったのは、寝る前の子どもたちに読み聞かせをしたことでした。自分一人で翻訳しているときは、「自分が心地よい感覚になるか」を意識していたのですが、子どもを前にしたら、子どもに対する愛情や優しさみたいなものが足りていなかったことに気づき、一気に訳を変更しました。もしかすると、その辺りが、おっしゃっていただいたような優しい表現に繋がったのかもしれません。
翻訳版を作り終えて、息子たちに読み聞かせをしながら、ヨガをしたとき、下の息子が「ねたまんまヨガ」の姿勢のまま、すやすやと寝息を立てていたので、とても嬉しくなりました。
───「ねたまんまヨガ」は、ヨガにはじめて触れる人でも、気軽に挑戦できそうです。
このページでは、雲に乗って空を旅することをイメージすることで、読者を眠りに誘います。
「ねたまんまヨガ」は、当時なかなか眠りにつけなかった作者・マリアムさんの長女のために、考案したものなんです。日中忙しく活動していて、夜になってなかなか寝るモードに入れないというお子さんは結構いらっしゃると思いますが、この瞑想ガイドがとても効果があったという声をよく聞きますね。