●「世界の平和は、まず家庭の平和から」
───日本の大学を卒業後、レバノンで日本語の教師をされ、その後カナダ、イギリスの大学で美術を学ばれたそうですね。アートの道へ進むことになったきっかけを教えてください。
子どもの頃から絵が好きで、美術を学びたいという夢を持っていましたが、親から反対されて、アートの道は現実的でないと思うようになり、大学は教育学部に進みました。
語学留学先で行ったアイルランドで、日本語教師になろうと思い立ち、翌年、日本語教師派遣の要請があった中東の国レバノンに赴きました。
在レバノン日本国大使館で日本語を教えていた際、受講生の中に美大の学生さんたちがいました。彼らの制作現場を訪れたとき、自分の夢に向かって、本当に好きなことを勉強している学生さんたちの姿を目の当たりにしました。そのとき、「私が本当にやりたかったのは、これだ!」という思いが湧き上がってきたんです。「人生は一度きり、やりたいことをやらなければ、あとで絶対後悔する!」そう思った私は、アートの道へ進むことを決意しました。
帰国後、地元で塾講師として働いたのち、日本に比べて学費が安く、語学力も磨きながら美術を学べるカナダの大学に進学しました。これが、アートの道へ進むスタート地点となりました。
───その後、絵本を描こうと思ったのは、何か契機があったのでしょうか?
私の中で、「世界平和に貢献したい」という強い想いが子どもの頃からあって、自分には何ができるだろうと常々考えてきました。
イギリスの大学院時代、原子力産業の問題点をテーマにしたアート活動を始めましたが、原子力をめぐる問題を知れば知るほど、扱っている問題が大きすぎて自分のやっていることが無意味に思え、悶々とした日々が続きました。それで、いったんこのテーマから離れ、私自身が夢を描ける世界、私のアートを見る人が夢を描ける世界に意識を持っていこうと思いました。それで始めたのが絵本なんです。
「ぼっちとぽっち」のイラストを描いているとき、自然と笑顔になっている自分がいました。シンプルであたたかい世界が、私は好きです。最初は自分が楽しむために描き始めた絵本ですが、その後マザー・テレサについての逸話を読んで「あっ」と思うことがありました。
それは、ある男性が「世界平和のために私たちはどんなことをしたらいいですか?」と尋ねたとき、マザー・テレサは「家に帰って家族を大切にしてあげてください」と答えたというものです。
「世界の平和は、まず家庭の平和から」
絵本を通して、その手伝いができたらいいなあ!と思いました。それで、絵本を描くことへの意欲に拍車がかかりました。
───絵本を制作するようになって、感じるようになったことはありますか?
子どもの視点から物事を見ることの大切さを強く感じるようになりました。ついつい大人の視点から物事を見てしまい、おはなしが理屈っぽくなってしまうことがあるんですよね。そういうときは、子どもの視点に立ち返るよう努めています。子どもが生まれる前はそれが難しかったのですが、2児の母となり、今は子どもたちを通して学ばせてもらっています。
今は、毎日の生活が絵本作りに活かされています。今手がけている「ぼっちとぽっち」シリーズ4作目の絵本も、2才のとってもいたずらな娘に振り回されている今の私の生活が活かされているんですよ(笑)。
───まつばらさんにとって、絵本制作の面白さとはどんなところでしょうか。
自分の世界観を、おはなしと絵を通して自由に表現できるところ、そしてその世界観を読者と分かち合えるというところです。
●子どもたちに、やさしくてあたたかい世界を体験してほしい
───やわらかなタッチから生まれる画面のあたたかさ、ふわふわのくつしたや、色合いもとても美しくて、惹きつけられます。どんな画材を使って描かれているのでしょうか?
油性の色鉛筆を使っています。背景でぼかしてある部分は、指に布を巻いて、筆洗油をつけ、色鉛筆をぼかしています。
水彩絵の具、アクリル絵の具、パステル、クレヨンなど、いろいろ試したのですが、くつしたのふわふわ感を出すのには色鉛筆が一番適していたので、色鉛筆で描くことに決めました。水彩色鉛筆も試しましたが、私は色がより鮮やかな油性色鉛筆の方が好きです。
───好きな絵本作家や影響を受けたアーティストを教えてください。
好きな絵本作家はいっぱいいるのですが、絵なら黒井健さん、いわさきちひろさん、『スノーマン』(評論社)のレイモンド・ブリッグズ、絵本としては、かこさとしさん、長新太さん、馬場のぼるさん、バージニア・リー・バートン、アーノルド・ローベルが特に好きです。「ぼっちとぽっち」の絵本を描くにあたっては、同じく色鉛筆を使っている黒井健さんとレイモンド・ブリッグズから受けた影響が大きいです。
───ご自身が子どもの頃は絵本が好きでしたか?
絵本、好きでしたねぇ。絵が大好きだった『しずくのぼうけん』(福音館書店)と、トラがバターになってしまう『ちびくろさんぼ』(瑞雲舎)がお気に入りでした。
───今後どんな絵本を作っていきたいですか?
「ぼっちとぽっち」シリーズは、まだまだいっぱいアイデアがあるので、この次はどんな風におはなしに膨らましていこうか、ワクワクしながら考えています。赤ちゃん向けのしかけ絵本も作ってみたいです。「ぼっちとぽっち」以外にも、息子が大好きな深海の世界を舞台にした絵本も作ってみたいなあと考えています。息子はどういうわけか、2才の頃からチョウチンアンコウが大好きで、6才になった今でもチョウチンアンコウの絵をしょっちゅう描いています。そのうち、想像力豊かな息子との合作絵本が誕生するかもしれません。
イギリスでの子育ての様子を描いた「絵本作家のイギリスどたばた子育てマンガ」のようなものも描きたいなあと考えています。ネタはノートにちょくちょくメモしているのですが、なにせ子育てでどたばたしているので、なかなか漫画を描く時間が確保できず・・・かと言って、今描かないと、子どもたちはどんどん大きくなってしまうし・・・。もっと早起きして描くしかないかな?
───最後に、絵本ナビ読者へメッセージをお願いします。
子どもたちは私たちの未来です。人類の未来の行方を決めるのは子どもたち。その子どもたちに、やさしくてあたたかい世界を体験してほしい。現代の情報世界では、否が応でもネガティブな情報がいっぱい入ってきます。こんな時代だからこそ、子どもたちが大人になったときに心のよりどころとなるような、幼児期の心あたたまる体験が大切だと思うのです。
「世界の平和は、まず家庭の平和から」というマザー・テレサの言葉に表れているように、親子が絵本を通して愛にあふれる温かい時間と空間を共有することは、子どもの人間としての感性を育み、共感力のある大人に成長する手助けになると思います。ぼっちとぽっちのお互いを思いやる気持ちにふれ、親子がやさしい気持ちになれることを願います。
───ありがとうございました!
●<おまけ> まつばらさんにイギリスの生活についてもう少し聞いてみました!
Q 1日の好きな時間・制作時間について教えてください。
朝、目が覚めたときが一番好きです。「今日も一日が始まる!」と、嬉しい気持ちになります。軽くストレッチをしてから、子どもたちが起きてくるまでの間、仕事をします。息子を小学校、娘を保育園に送った後、お昼すぎに娘を迎えに行くまでの間、絵本を制作します。私は夜が弱いので、午前中が勝負です!今は子育てで絵本制作の時間はかなり限られていますが、娘が小学校に上がったら、もっと時間がとれるようになると思います。
Q 普段、気分転換はどんなことをされていますか?
家庭菜園です。外の空気にふれながら土をさわっていると、大地からエネルギーをもらったような感じがして、リフレッシュした気分になります。
Q イギリスで、今どんな絵本が人気があるのでしょうか?
最近はユーモアのある絵本が人気がありますが、昔からの絵本も根強い人気があります。「ピーター・ラビット」シリーズやクマの「パディントン」シリーズ、「ミスターメン」シリーズなど。日本の絵本はイラストがかわいいものが多いですが、イギリスの絵本は、かわいらしいイメージではないものも多いです。「怪物グラファロ」シリーズのイラストって日本のイラストとはちがう独特な雰囲気があるんですが、イギリスではとても人気があります。
キャラクターに関しては、男の子の服は青、女の子の服はピンク、という従来の型にはまった色感覚などをなくす風潮があるようです。また、人種・文化を融合したさまざまな登場人物が絵本に出てくるようになりましたね。イギリスの政治的・文化的な変化が絵本にも現れているんだと思います。
文・構成:掛川晶子(絵本ナビ編集部)