●「大学時代に『銀河鉄道の夜』と出会わなければ、今の私はいませんでした」
───宮沢賢治の作品には、誰もが一度は触れる機会があると思いますが、松田さんと賢治作品との出会いはいつだったのでしょうか?
『注文の多い料理店』や『よだかの星』など、小さいころに読んでいた作品もあったと思うのですが、最も衝撃を受けたのは大学生のときの出会いでした。当時、地方から東京へ来たばかりの私は、自分に自信のないコンプレックスの塊でした。ある日、部室で一人でぼ〜っとしていたときに先輩がやってきて、私の様子に呆れたみたいに、パチンコの景品のチョコレートをくれて、そのときついでという形でGパンのポケットから一冊の文庫本を出して「これも、やるヨ」と、置いていったんです。それが『銀河鉄道の夜』でした。
───なんだか、映画のワンシーンみたいな出来事ですね。

本当の話なんだけどね(笑)。まあ、チョコレートもあるし、特に他の用事もなかったし、題名だけは知ってたけど読み通したことがなかったなあと思って、何気なく読み始めたんです。衝撃を受けたのは、実は読み終わったときじゃなくて、部室の外に出たとき。今まで見慣れていた景色が、全く違うものに見えた。木に葉っぱがついていることは知っていたけど、あんなふうに一枚一枚ついていて、あんなふうにゆれているとは思わなかった。雲があるのは知ってたけど、たったいまあんなふうに動いているとは気づいていなかった……。そんな感じで、世界が実にいきいきと塗りかわって見えたんです。言葉をなくしていた自分から、言葉が…何かを見てそれを表現する言葉が、出てきた。賢治の文章が私の心の掛け金をゆるめてくれたように感じました。ストーリーに感動したのはもちろんですが、自分の感覚が変わってしまっていたことに一番驚きました。「絵本」というものとの出会いも同じような時期と衝撃で、まさかそれが、仕事になるとは思いもしませんでしたけどね(笑)。
───賢治作品は、学生時代の松田さんにとっても、大きなターニングポイントとなった作品なんですね。
まさにそうなんです。なので、宮澤賢治の絵本を作ることは、なんというか、個人的には恩返しをしているような感覚でもあるんです。
●この絵本が、「ほんたうのたべもの」になってくれることを、宮沢賢治も願っていると思いながら作っています。
───「ミキハウスの宮沢賢治の絵本シリーズ」について、本当にたくさん質問させていただきました。今まで「宮沢賢治は子どもには難しいんじゃないかしら…」と思って、距離を置いていた方もきっと興味を持っていただけるのではないかと思います。
───子どもは見くびれない読者ですよね。
そうなんです。そういえば今年、世田谷文学館で開催していた「没後80年 宮沢賢治・詩と絵の宇宙―雨ニモマケズの心」展の会場で、「子どもはすごい!」と改めて確認する出来事がありました。小学生の男の子がサイン会で、『氷河鼠の毛皮』を描いた堀川理万子さんに向かって、「あのさあ、この絵本のみどころ、教えてくんない?」って聞いたんです。
このおはなしは、氷がひとでや海月やさまざまのお菓子の形をしている位寒い北の方から飛ばされてやって来たのです。12月26日の夜8時ベーリング行の列車に乗ってイーハトヴを発った人たちが、どんな眼にあったか、きっとどなたも知りたいでしょう。これはそのおはなしです・・・・・・。 厳しく冷たい冬の自然と、そこで生きる動物たちが傲慢な人間たちへ投げかける警告。堀川理万子がひんやりと鋭く、ときには温かな目線で賢治のメッセージをみごとに表現した作品。
───「みどころ」って言葉を覚えたから、使いたかったのかしら (笑)。

私は面白くなっちゃって、その子に言ったんです。「あのね、絵本を作ってる人はみんな、この中に君に入ってほしいと思ってるんだよ。入ってごらんよ」。すると、その子は最初の見開きの吹雪の絵をじーっと見たかと思うと「あっ!」と叫んだんです。「見えた!」って。「馬車がある、駅がある!」って。でも、それだけじゃなかった。なんと、ふっと両手で自分の体を包んで「寒い…」って言ったんです。彼は本当に、吹雪の絵の中に入っていた。それが子どもです。感服するしかありません。かなわない。
───その子は本当に絵本の中に入り込んでしまったんですね。
こんな感じ方、大人にはできない。大人には「寒い」という言葉までは言えないと思う。宮沢賢治の作品を絵本にすることに対して「イメージを固定化してしまいよくないのではないか」というご意見もいただきますが、そしてそれに一理あるとも思いますが、このエピソードはそれに対するひとつの答えでもあると思います。それとは別に、この仕事をしていて、いつも思い出す言葉があるんです。それは『童話集 注文の多い料理店』の序文。
───序文ですか?
───「ほんたうのたべもの」とは、どういう意味でしょうか…。
───今回おはなしを伺って、これから絵本を読むときの感覚がさらに変わっていくように感じました。まだまだ新刊が予定されている「ミキハウスの宮沢賢治の絵本シリーズ」をこれからも楽しみにしています。
今日は本当にありがとうございました。
記念にパチリ!とっても濃い時間を過ごさせていただきました。