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		夏の暮れ方、雲見をする3ひきの蛙がおりました。カン蛙、ブン蛙、ベン蛙です。蛙は、わたしたちが月見や花見をするように、雲をながめるのだそうです。
 「どうも実に立派だね。だんだんペネタ型になるね。」
 「うん。うすい金色だね。永遠の生命を思わせるね。」
 この頃人間のあいだではゴム靴がはやるらしい、と話しあった3ひき。
 「ほしいもんだなあ」「手に入れる工夫はないだろうか」となかよく語り合って、その日は別れましたが……。
 1びき、草地にのこって、じっと考えていた、カン蛙。
 野鼠のところへいき、たのみこんで、翌晩、ゴム靴を首尾よく手に入れることに成功しました。
 さあ、カン蛙はうれしくてたまりません。
 ブン蛙とベン蛙にむかって「君たちにはとても持てまいよ」「そら、いい具合だろう」と自慢します。
 おまけにうつくしいテントウムシまでカン蛙をお婿さんに選んだので、くやしくてたまらないベン蛙とブン蛙は、カン蛙をひどい目にあわせてやろうと……!?
 
 『蛙の消滅』の題名のとおり、さいごはほんとうに「消滅」してしまうお話。
 3ひきの蛙、それぞれにわきおこる感情、お世辞、とぼけたせりふのやりとりがテンポよく展開します。
 “蛙語”や鳴き声、水音も効果抜群。ちょっぴりこわい結末に、哲学的な香りが漂います。
 じつは宮澤賢治には『蛙のゴム靴』という作品もあり、『蛙の消滅』はその初期形。
 2つは結末がちがうため、読み比べて、より深く作品を味わってみるのもおすすめです。
 
 本書は、1980年代頃から高い美意識で絵本づくりに挑戦し、印刷の奥深さを知り尽くした小林敏也さんの「画本 宮澤賢治」シリーズの一冊。
 銅版画のように見える画は、スクラッチという技法(専用の特殊なボードを引っ掻いて描く技法)で描かれたもの。
 どの絵も、原画は複数枚のモノクロであり、それぞれ2〜3色の特別な色を重ねて刷ることによって、生み出されています。しかも色を重ねる順番を変えると、色彩がまったく変わるのだとか。
 さらに風合いのある色紙に刷ることで、絶妙な美をつくりだします。
 
 小林敏也さんのライフワークとして有名な画本シリーズのなかでも、とりわけ『蛙の消滅』は一級の工芸品のような仕上がり。
 以前出版されたものはもったいなくも一時絶版となっていましたが、待望の復刊となりました。
 唯一無二のうつくしさ、青・藍・紫の繊細なグラデーションをぜひ手にとってごらんくださいね。
 
 雲見をする蛙3びき、宵闇のほのあかるさ、はかない可笑しさが匂い立つよう。
 見返しには、賢治が理想郷とした「イーハトーブ」の地図が描かれていますよ。
 
 (大和田佳世  絵本ナビライター)
 
 
		
		『蛙のゴム靴』の初期形ですが、結末は大きく異なります。蛙たちの嫉妬や欲望をシニカルにとらえた内容と、小林敏也による雲や雨、虫たちや草木の表現があいまって、鮮烈な印象を残す作品です。
		
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