金柿
4月は新学期、入園入学と、スタートの季節ですが、荒井さんは春ってどんな思い出がありますか。
荒井
僕ね、小学校入学してからしばらく学校行けなかったんですよ。行っても授業受けないで帰っちゃうとか。家が学校から見える近さで、保育園時代は元気に通っていたはずなのに何でかわからないけれど(笑)行きたくなかった。給食も嫌いだったし、家のご飯も食べられなくなった。夏休み前に病院に連れて行かれたら栄養失調と診断され、家族も学校も「これは本物だ」となって。
金柿
そういう状態が長く続いたんですか。
荒井
そう、夏休み明けからは行けるようになりました。僕の中では小学1〜2年生の頃って未だにモノクロな思い出。3年生以降は総天然色。クラスと担任が変わって世界が変わったんですよ。
金柿
絵はうまかったわけですよね?
荒井
好きだったけれど、毎年コンクールに出させられて嫌々でした。学校の絵の時間は、こう描かなくては…という手法を守らないといけないのが苦痛でした。ある時、中庭を描く絵画が宿題になった。たまたまその時ヨット太平洋横断した方がいて、すごく感銘を受けて、思わずヨットの絵を描いてしまった。で、提出したら先生から烈火のごとく怒られました。「中庭にヨットがあったか!!」って。
金柿
ああ、何だか泣ける話ですね。わかってもらえず残念。僕も描いた絵を「そうじゃない」と言われるのはすごく嫌でした。
荒井
ある時描いた「田んぼ」の自信作を、先生に「素晴らしい」と絶賛されたんですが、絵を逆さまに見ていたって落ちがありました。
金柿
はははは では、今の作品の描き方は、湧き上がってきて描いているんですか。
荒井
浮かび上がってくるようなことは無いんです。まず文章つくってページ割をする。真っ白なところに絵をつける。文章だけ読んでその隙間に描いていないことを考えて描く。文章の説明ではなく、絵はもっとその世界を広げる役目なんです。
金柿
絵だけでなく、作を手がける際も、文章から進めるんですか。
荒井
そう。真っ白なメモをポケットに入れてアイデアを思いつきながら電車の中でニヤニヤしたりね(笑)。でも、メモはしないんです。メモしなくても身についているものはもう一度思い出す。ひらめきって自分でなくても誰か他の人も同じひらめきがあると思う。だから身についていることしか残していかないようにしている。それと、自分の口癖をよく取り入れますね。「いいねえ、それ」なんて年中行っているフレーズですしね。
金柿
15〜6年前と比べて、絵本の流れは変わってきたと思いますか。
荒井
変わったと思います。柔らかくなってきたし、バラエティーが出てチョイスする幅が広がった。それは制作する内容も影響を受けています。亡くなった長新太さんに「荒井くんの絵本は10年前だったら出ていなかったものだね」と言われましたから。長さんの絵本ですら、認める人が少なかったと。道を作ってくれた長さんの功績は大きいですね。
金柿
うごく絵本
も新しい流れですが、荒井さんとしてはこの流れをどう感じていらっしゃいますか。
荒井
すごくいい傾向だと思います。技術が伴っているから色々な楽しみ方ができるのですし、とにかく
色も音も素晴らしい
。ナレーションも登場する動物の声も、ひとつの読み方。こうでなくちゃならない、という押し付けがましさもないし、すんなり「
そのつもり
」の世界に入り込めます。
金柿
荒井さんは娘さんが小さい頃、絵本は読みましたか??
荒井
読みましたね。自分では絶対手に取らなかった絵本を読んだりして発見がありました。娘は絵本が好きでね、4〜5歳の頃素晴らしい絵本を自分で創りました。いまだに持っています。
金柿
荒井さんは絵と作、絵だけという作品もたくさんありますが、これはご自分で提案をされているんですか。
荒井
いえ、全部オファーがあって(笑)。作家の方からはよく唐突に作品が送られてきます。でも自分で作もやっていると、なんだか絵本の見方が狭いんじゃないかと思うようになって。意識的に作家の方と組んで作品づくりに励んでいた時期がありました。
金柿
90年代も相当な数の絵本を出されていますが、2000年以降はそれ以上に創っていますね。
荒井
色々溜めちゃってきたので。2002年のワールドカップの年は、もう今年は作品出すのや〜めたと決めて、休みました(笑)。
金柿
サッカー好きとしては堪りませんよね、それどころじゃないと(笑)。絵と作を手がけているのと、絵だけ手がけているのでは、作品づくりにどんな違いがありますか。
荒井
作家の方から作品をいただくのは、自分の視点にはないところで話が成り立っていますから、こちらは派手な黒子です。文章の世界をいかに盛り上げればいいかという黒子に徹して絵を描きます。
金柿
それは作者の方と色々やり取りして完成に至るわけですか。
荒井
いえ、いっさいありません。
金柿
読み手からすると、すごく絵と文が噛み合っているように見えますけれど。
荒井
文章のページ割りもほとんどこちらでやります。どうやって作品のおもしろさを伝えるか考えるのが、絵本づくりの醍醐味ですから。話の流れでページを割るのではつまらないから、ページを開いた時の驚きを大切にしたいんですよ。
荒井
僕はある時突然「そうだ、絵本つくろう」と思ったんです。絵本作家になろう、じゃなくて「絵本を創りたい」という気持ちになった。
金柿
そう思ったのは、何かキッカケになるような作品との出会いがあったんでしょうか。
荒井
大学時代にね、大学へは行かずに本屋ばかり行っていたの。僕は山形出身で本屋といえば小さなお店しかなかった。ところが東京の本屋は何てすごいんだろう!!って。で、外国の絵本に出会った。それまで見たことも無かった中で、
マーガレット・W・ブラウンの「グッドナイトムーン」
という超名作は衝撃でした。絵本には自分も入れる隙間があるんじゃないかって。主に40〜50年代のアメリカの絵本を見て、「これはどうやって印刷したんだろう??」とか知りたくて。オブジェとして、グラフィック的な視点で見るわけです。
金柿
話の内容とかでなくて。絵の持ち味とか、絵本が醸し出すデザインに心奪われたわけですね。「
グッドナイトムーン
」だと段々暗くなって光がトーンダウンしてゆく感じなんか綺麗ですよね。
荒井
知らなかったんですが、そういう色を出す職人さんがいるんですよ。職人によって作者の作品にひと手間加わっている。その工程が魅力的だったんです。技術が伴わなかった時代に、皆で知恵を出し合っていいものを創ろうという意気込み、「愛情」がすごくあったんでしょうね。今はどんな絵を描いても、印刷は一度で出来てしまう時代ですけれど。細かな演出ですが。
金柿
子どもって本当に細かい描写とか、色とか、イメージなんかに反応しますよね。「絵本お話し会」の時でも、子どもは「あり得ないよ!!」とか言って、あり得ない世界に浸りきっている一方で唐突に違和感を感じると指摘してくる。例えば「
さるのせんせいとへびのかんごふさん
」では、クマが蜂に刺されているシーンに、よく目をこらしてみないとわからない演出があるのですが、わかっている子は飛んできて「ねぇ、これ知っているよ!!蜂に刺されているんだよ」とうれしそうに言うわけです。
荒井
ははは。僕もそういう小さな絵の細工、すごく好きですね。子どもってストーリーと関係ないところで、喜んでいることもありますし。「
はっぴぃさん
」を創ったのは、毎日のように悲惨な酷いニュースをそれこそご飯食べながら見ている。何とも思わないわけじゃないけれど、皆が思っていることを汲み上げるような絵本があったら、と思って創りました。
金柿
どんな狙いがあったんですか。
荒井
大人は文章から理解しようとするけれど、子どもは耳から聞いて目は絵を見ているんですね。
はっぴぃさん
は戦車とか絵に描いているけれど、文章には一切出していないんですよ。淡々と綴ってある。子どもが目にしたことを大人にどんなふうに聞くだろうか?と。まあ少し意地悪ですけれど。どうしても書いていることで理解しようとする。理解できないとナンセンスになる。
金柿
はっぴぃさんなのに、はっぴぃさんが出てこないっていうのが斬新ですね。
荒井
こんだけ引っ張っておいて、え、出てこないの?!って、子どもを裏切ることになりますよね。「
バスにのって
」という絵本も、結局バスには乗らないで終わる…という裏切りで(笑)。絵本にはあるまじきストーリーですが、僕はそこに力点を置いているわけじゃないんですけどね。
金柿
予定調和でないってところも、子どもの感性を揺さぶるんでしょうね。
荒井
作家とかタイトルとかストーリーとか覚えてもらわなくても全然いいんです。大きくなって「あの黄色い絵本なんだっけ」とか「あのページのあの場面が忘れられない」とか、そういう記憶のされ方をしてもらえればうれしいですね。
金柿
絵本は子どもが読むものだから、こんな感じでいいんじゃないかと考えて絵本作家を目指す方もいるみたいなんですが、子どもってそういう狙いには反応しないものですから。
荒井
そうですね。絵本一辺倒になるよりも、何であっても親子のコミュニケーションツールとして活用してほしい。大人に遊ぼうという気持ちがあれば何でもいいんですよ。僕は色から感じること、元気になることってあると思うんです。自分が元気になる色を探すのもいいしね。
うごく絵本
も、
オリジナルの絵本
も、五感で触れると世界が広がるんじゃないでしょうか。
金柿
荒井さんのお話、どれも楽しくてとても勉強になりました。今日はどうもありがとうございました。
<取材・文/構成:マザール あべみちこ>
>>> うごく絵本「そのつもり」のサンプルムービーをご覧になれます。
「そのつもり」うごく絵本をじっくり鑑賞後、その魅力を語り合っていただきました
そのつもり
作・絵: 荒井 良二
講談社 \1,600
小学校時代も絵はピカイチだったが、その自由な発想を否定される苦い思い出もあった
荒井さんの「そのつもり」は果物マーク・メロンに入っています。他、同時発売は以下、ストロベリー・レモン・パイン・スペシャルの4種類
ストロベリー
レモン
パイン
スペシャル
自身をクリエーティブディレクターのような役割、と語る荒井さん。作家という肩書きにはこだわらない
グッドナイトムーン
作: マーガレット・W・ブラウン
絵: クレメント・ハード
U.S.定価 :$ 15.95
さるのせんせいとへびのかんごふさん
作: 穂高 順也/絵: 荒井 良二
ビリケン出版 \1,600
バスにのって
作・絵: 荒井 良二
偕成社 \1,300
ユックリとジョジョニ
作・絵: 荒井 良二
ほるぷ出版 \1,400
うそつきのつき
作: 内田 麟太郎/絵: 荒井 良二
文溪堂 \1,500
サラサラと細字の油性ペンで荒井さんの世界が紙の上に誕生。ペンの動きはまるで魔法のようだ
「作家名とかストーリーを忘れても、色やイメージを記憶に残す絵本でありたい」と 想いを語る荒井さんに、金柿事務局長は最後までうなずきっぱなしでした。
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