
年老いたゾウは自分の死期を悟るが,一緒に暮らしていたネズミはそれを受け入れられない。 しかし幾つもの季節を重ねるうちにネズミも成長して…。
想像してみてください。だいじな愛するひとがあの世にいってしまうことを。だれでも、すぐには受け入れられないでしょう。しかし、月日がすぎていくなかで、ひとはいつしか、つらく悲しい別れでも、それを受けいれられるように心が成長するのです。幼いネズミくんは年老いたゾウさんに、「いっちゃいやだ」といいます。しかし、弱ってきたゾウさんを一生懸命ケアするうちに、心が成長して、ゾウさんがゾウの国に渡るつり橋を修理してあげます。そして、「こわがらないで」といって見送るのです。ゾウさんは「だいじょうぶ」といって、渡っていきました。 この物語は、著者が幼いころから死について話してくれた祖母との別れの体験をもとに書いたそうです。いまの時代、家族の病気や死について、子どもは会話の輪のなかにいれてもらえないため、一生のなかでとてもだいじな死について学び、心を成長させる機会を失っています。この絵本は大人にも子どもにもだいじなことを語りかけているかと思います。 ―― 柳田邦男(本書帯文より)

切ない自然の法則
ゾウは、死期を感じると群れを離れ、墓場へ向かうという話を聞いたことがある。
そして、ゾウの墓場には先に死んだ多くの仲間達の骨があるという。
動物界の法則なのだろうか。
この絵本はそんな事をモチーフにしている。
死期を迎えたら訪ねていくというゾウの森。
その手前には深い谷を越えていくための吊り橋がかかっている。
吊り橋から落ちたらどうなるんだろう。
人間で言うと三途の川を渡りきれずに成仏できないということだろうか。
この絵本のゾウさんは、吊り橋が壊れているので橋の前で立ち止まります。
仲良しのネズミさんの言葉で引き返しますが、年をとるということはこういう事なのだろうか、今までのような生活が出来なくなります。
一生懸命ゾウさんの世話をするネズミさん。
やがてネズミさんは、ゾウさんにとってあの橋を渡ることが幸せなんだと感じるようになります。
橋を頑丈に直して、ゾウが吊り橋を渡る手伝いをします。
死に向かわせるのです。
そして、ゾウを見送るとホッとして笑顔を見せるのです。
幼い子どもにも、この展開は象徴的なようです。
自然の摂理。人は死ぬんだと。
誰もが吊り橋を渡らなければいけない。
どうせなら、ちゃんと吊り橋を渡らせてあげよう。
それがその人のためなんだと。
柳田邦男さんの翻訳する絵本は奥が深い。
大人にも考えさせる絵本でした。 (ヒラP21さん 50代・パパ 男の子12歳)
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