2018年5月2日、かこさとしさんが92歳で亡くなられました。かこさんは、「からすのパンやさん」シリーズ(偕成社)や「だるまちゃん」シリーズ(福音館書店)などの物語絵本のほか、たくさんの科学絵本を子どもたちに届けてきました。
亡くなる直前まで病床で手がけていた作品も、1冊の科学絵本でした。
『みずとは なんじゃ?』は、子どもたちに、「水」を通して共生の大切さを伝える絵本。
絵本は、体力的に絵を描き切ることが難しくなったかこさんから、鈴木まもるさんへ完成を託されました。鈴木まもるさんは、鳥の巣の研究でも有名で自然科学への造詣が深い絵本作家であり、かこさんの絵本の大ファンでもあります。かこさんの思いを受け継ぎ、鈴木まもるさんの手で完成した絵本。この特別な作品について、鈴木まもるさんにインタビューしました。担当編集者の小林さんにも同席いただき、お話を伺っています。
- みずとは なんじゃ?
- 作:かこ さとし
絵:鈴木 まもる - 出版社:小峰書店
あさ おきて、かおを あらう みず。 うがいを したり、のんだりする みず。 みずとは、いったい どんな ものなのでしょうか? 暮らしの中で出会う水を通して水の不思議な性質を知り、 自然環境に目を向けるきっかけとなるような、科学する心をはぐくむ絵本。 かこさとしさんが手がけた最後の絵本。
●かこさとしさんから、鈴木まもるさんへ渡されたバトン
───『みずとは なんじゃ?』は、かこさとしさんの最後の作品となりました。
テレビ番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」(NHK)で、制作現場の一部が放映され、話題になりましたね。かこさんと鈴木まもるさんが打ち合わせをする場面で、鈴木まもるさんが、かこさんの言葉を懸命に聞き取ろう、聞き取ろうとされていた姿が心に残っています。
鈴木:あのときの先生は本当に苦しそうでしたね。苦しくても話し続けられていたので……。
───それだけ、早く伝えたいという思いがあったのですね。
鈴木:そうだと思います。
───『みずとは なんじゃ?』の絵の依頼があったときのことを教えていただけますか? かこさんと鈴木さんはもともと面識があったのでしょうか。
鈴木:面識はなかったです。数年前になりますが、僕の鳥の巣の絵本を担当している編集者さんを通じて鳥の巣の絵本を何冊かお送りしたことがありました。かこ先生の作品は子どものころからの憧れでしたから、会ってお話ししたいと思いつつ、時間を作っていただくのは恐れ多いので……。
そうしたら、先生からお返事が届いたんです。構成や表現、子どもたちを描いた絵についても……、いろいろな視点からのかこ先生の賞賛の言葉をいただいて、感激しました。
───「垂涎と共に拍手を送りたく存じます」とあります。かこさんから見て、鈴木さんの作品はご自身の作品と通じるものがあったのですね。
鈴木:そうやって作品を見て、褒めてくださったことが、とても嬉しかったです。
担当編集者の小林さんから『みずとは なんじゃ?』の依頼の最初の電話があったときに、「ご容態がすぐに悪くなることはないから、急がなくてもいいですよ」と言われたのですが、僕としてみれば、ずっとお話したかったかこ先生に会えるということですから、すぐにでもと先生のところに伺ったんです。
───小林さんは、『みずとは なんじゃ?』の絵をお任せする作家さんとして鈴木まもるさんの名前が出たときのことを覚えていますか?
小峰書店・小林:かこ先生の原稿と下絵(絵の案)が完成したときの打ち合わせの途中で、先生のご体調が悪くなられて。かこ先生がお休みになっている間に、かこ先生の長女である鈴木万里さんから、もしかしたら絵を描くのは難しいかもしれないと言われました。「具合が良くなるまでお待ちします」とお答えしたのですが、描こうと思ってくださるか、待つことがかえって心のご負担になるのかと悩みました。
他の方に絵をお願いするということは考えていなかったのですが、万里さんが「科学的な視点を持って、子どもたちに伝わるように描いてくださる方はいるでしょうか」とおっしゃったとき、最初に思い浮かんだのが、鈴木まもるさんでした。先生はご自分にも厳しい方ですので、先生の意図を汲み取って描いてくださり、修正のお願いにも応えてくださる絵描きさんでないといけない。鳥の巣の研究をされていて、子育て絵日記を何十冊も描いておられ、絵本作家として絵本もたくさん描いていらっしゃる鈴木まもるさんならば……、と思ったのです。
そうお伝えすると、万里さんが、「鈴木まもるさんに絵本を送ってもらったことがあって、かこも大変褒めていたので、鈴木さんが良いかもしれない」とおっしゃって。その夜、万里さんはかこ先生と相談して、ぜひ鈴木まもるさんに描いていただきたいと連絡をくださいました。
───かこさんは、鈴木まもるさんの作風に信頼を寄せられていたのですね。
小林:かこ先生は、鈴木まもるさんのお名前を聞いて、すぐに心を決められたんだと思います。
私は、鈴木まもるさんとかこ先生がお手紙で作品についてやりとりをなさっていると伺ったことがなかったので、お手紙の話を聞いて、これはすごいご縁だと思いました。
そして絵を依頼してから絵本ができるまでのことを考えると、さらにご縁を感じずにいられません。
●奇跡のタイミングが重なった絵本
───さらにご縁ですか……?
小林:3月の下旬、鈴木まもるさんにお願いしましょうと万里さんからメールをいただいた翌日、鈴木まもるさんに電話で絵をお願いしました。4月の中旬頃に打ち合わせましょうかと話していたのですが、鈴木さんはやっぱり少しでも早くお会いしたいとおっしゃって、次の週、打ち合わせのためにアトリエのある下田から、藤沢のかこ先生のところまで来てくださったんです。今思うと、この日に打ち合わせを持てたことが本当に良かった。かこ先生と鈴木さんがお会いしての打ち合わせは全部で2回行えたのですが、1回目の打ち合わせが4月中旬だったら、たぶん絵本は完成していなかったと思います。
鈴木:本当にそうですね。1度「4月の中旬に」と電話を切った後に、やはり早い方がいいと電話をかけなおしたんです。
───そうだったんですね……! 打ち合わせはどのように進められたのでしょうか。
鈴木:かこ先生が作られた絵本の下絵(絵の案)のコピーを、事前に送っていただいていたので、それをもとに、わからないところを質問したり、先生がどんなことを伝えたいのかの意図を伺いました。
打ち合わせで、先生が、3度も僕の手をがっしりと握って「よろしく頼みます」と言われたのが、忘れられません。
小林:2回目の打ち合わせはそれから2週間後。鈴木まもるさんは、絵本の1つ目のラフを作ってきてくださいました。通常数カ月かかるところを、最優先で制作していただきました。驚異的なスピードですので、とてもありがたかったです。
───2回目の打ち合わせでは、どんな話し合いがあったのでしょうか。
鈴木:2回目の打ち合わせが、テレビで放映されたものです。打ち合わせでは、対象の年齢に合わない内容や表現がないか、つめていきました。「小さい子どもさんにもわかるように」という先生の意向で、水の変化する姿、「固体」「気体」「液体」を、理科的に図解していた部分をやめて、子どもたちが日常に見ている姿で絵に描くことになりました。
小林:かこ先生は、幼い子にわかりやすく伝えることに特にこだわられていました。かこ先生も「固体」「気体」「液体」という言葉はすべて原稿を直されて。絵も原稿も大幅に変わりましたね。
鈴木:修正した2つ目のラフは、その後先生にお送りしました。
そして、僕が、2つ目のラフのお返事待ちつつ、本番の絵の下書きを鉛筆描きし始めたくらいのことでした……。
小林:そうでしたね。かこ先生の訃報を受けたのは、5月7日のことでした。 かこ先生は、亡くなる直前までベッドの上で何度もラフと原稿をチェックされていたそうです。
鈴木:そのあと万里さんを通して連絡いただいた2つ目のラフへのお返事は、絵のなかに、子どもたちに身近な植物、タンポポや野菜をいれてほしいということや、夜のシーンに子どもの姿を入れてほしいといったものでしたね。
小林:先生は最後まで、「子どもたちのために」を貫かれたのでした。
───鈴木まもるさんが絵を描くことが決まってから、1カ月と少し……。本当に奇跡的なタイミングが重なって、完成した絵本だったのですね。
小林:はい。歯車が1個ずれていたら出版は叶わなかったと思います。