主人公は誰の目にも見えない「かいじゅう」・・・。そんなふしぎな絵本『ヨーレのクマー』(KADOKAWA)を生み出したのは、ミステリーやファンタジー、ホラーなどジャンルを超えて数々の傑作を生み出す作家・宮部みゆきさんと、「魔女の宅急便(3)〜(6)」(福音館書店)、「ハウルの動く城」シリーズ(徳間書店)、多くの名作を挿絵で飾ってきた画家・佐竹美保さん。今回は、透明な「かいじゅう」クマーの生まれたいきさつや、制作秘話、日々の創作について、お二人に貴重なお話をたっぷりと伺いました!
───宮部さんと佐竹さんは、今回が初対面でいらっしゃるそうですね。そうは思えないほどアットホームな雰囲気です。まずは、お二人に、絵本の制作を終えられた感想をいただけますか?
宮部:今回は絵本なので、私としては文章を書いてお渡ししてしまったら、何もできることがなくて……。もう「どうぞよろしく」って佐竹さんにお願いするしかなくて(笑)、丸投げで申し訳ありませんでした。
佐竹:いえいえ。私も絵本はいくつか出してるんですが、原作が物語というのは初めてだったので、感無量でした。挿絵の仕事と比べると、やっぱり絵本って違うんですよね。
宮部:絵本で物語るのは、八割方 絵ですから。文字の役割は小さいですから。
佐竹:逆に、だからこそ自分で想像して絵に膨らませる楽しみがありました。文字が多すぎると、そっちに引きずられちゃうので。今回は、私としても挑戦した仕事で、すごく楽しい……苦労したけど、楽しかったです。
───『ヨーレのクマー』は、宮部みゆきさんのミステリ小説『悲嘆の門』(毎日新聞社)の作中作がもとになった絵本作品ですね。小説を執筆されているときから、実際の絵本になるイメージはあったのでしょうか?
宮部:作中作として『ヨーレのクマー』という絵本のことを書いたときは、あまり深く考えてなくて(笑)。だから、実際に絵本にしてもらえることになったときには、とても嬉しかったのと同時に、けっこう焦りました。「なるのかな、ホントに」って。「今こんな感じです」って進行状況を教えていただくうちに、だんだん「本当に絵本になるんだ」と思って、なんかもう冷や汗が出ました(笑)。
佐竹:実は、今日これを持ってきたんですけれど……。
宮部:あー!
佐竹:彩色もしてあります。
宮部:これが! アイディアの出発点なんですね。
佐竹:編集部に、「こんなふうになるんだよ」と送ったものです。いろいろと試しに描くうちに、これが描けて、ようやく、「あ、(クマーの姿が)決まったな」って。
宮部:これのコピーを編集部からもらって、私、仕事部屋に貼ってあるんです。ずっと貼っているので、すごい日に焼けてきちゃって。
佐竹:今日、宮部さんに差し上げようと思って。
宮部:まあ、嬉しい! ありがとうございます。この紫の色味がすごく好きなんです。
佐竹:ああ、よかった!
───宮部さんが小説の中で書かれたとき、絵本の原稿として書かれたとき、それぞれのいきさつを伺えますか?
宮部:(『悲嘆の門』の中では)物語を丸ごと載せてはいなくて。クマーという怪獣のことを書いたのは、「守っているはずのものが実は怪獣である」という、そのダブルミーニングの部分を使いたかっただけなんです。
佐竹:ええ。
宮部:結局、あの会社(*1)を起こした社長がそのダブルミーニングを気に入って、「私たちもまた怪獣になりうる」と。「ネットの番人もまた怪獣になりうるけれども、だからこそ番人として守りえるのだ」という気持ちを持っています。もうひとつ、クマーが透明であるということ。「私たちは姿が見えない」「私たちは生の顔を見せない」ということで、社長は自分が好きだったクマーという怪物の名を、自分の起こした会社につけた、という設定なんです。だから、小説中に登場する絵本の内容は、大雑把でしたので、いざ絵本にしていただくとき、もう少し膨らませて書かせてもらいました。「(絵本の)表現が、ちょっと『悲嘆の門』とは違いますけど、いいですか」って(編集部が)気にしてくれたとき、「全然OK。こっちが正解だから。絵本として世に出るのはこっちだから」って言ったんです。
(*1)『悲嘆の門』本文中には、株式会社クマーという、サイバー・パトロール(ネット社会の警備)を行う架空の会社が出てきます。ネット上に潜む、実体の見えない危険、犯罪、悪意を取り締まる株式会社クマー。その社名は、社長が「子どものころ好きだった絵本に出てくる怪獣の名前」から取ったものだと知った主人公・孝太郎は、興味を覚えます。そして偶然、神田の古書店で見つけた絵本がノルウェーの翻訳絵本『ヨーレのクマー』でした。孝太郎は、絵本と社長の思いに心を動かされ、株式会社クマーでバイトすることを決めます。
───「クマー」という名前は非常に特徴的ですが、何か由来はあったのでしょうか。
宮部:いや、何だろう……ふっと思いついたんですよね。でも、どこかで聞いたことがあった言葉なのかもしれません。
佐竹:あ、そうなんですね(笑)。なんか熊のイメージ?
───たしかになんとなく、語感から毛のある生き物を想像しました。
宮部:でも、そうだったと思う。爬虫類的なものではなくて、もさもさっとした怪獣だと思っていたので多分、クマーにしたんだと思います。でも、じゃ、ヒグマーにすればよかった(笑)。
佐竹:なんかこう、クマーって、ちょっと不思議な感じ。
宮部:ねぇ。
佐竹:ヒグマーだと収まりすぎているし、クマーってちょっと余韻がありますね。
宮部:クーマでもないしね、なんでクマーなのか……いまだに自分でもわからないですね。ごくごく自然についちゃって。もしかしたら、昔何かで読んだ地名だとか、架空の町の名前だとか、ゲームの中に出てきた国の名前だとか、そんなことなのかもしれませんね。だから、意外に今後、読者の方から、「クマーって、あのクマーですか」ってお問い合わせがあって、「あ! それだ!」ってなるかもしれません。
───「クマー」のキャラクターのデザインはすぐ決まったのでしょうか。それともラフが決まるまでには、たくさんの「クマー」たちがいたのでしょうか。 どのようにして今の形になったのか教えていただけますか?
佐竹:怪獣だけど、きっとかわいいだろうな、って思ってたんです。なので、最初はこういうかわいらしい感じなんだけど……。
宮部:でも「怪獣」なんだと。姿が見えちゃったら……。
佐竹:怖い。
───それで、今のクマーの姿にたどりついたんですね。
宮部:でも、この子(採用されなかったクマーのラフ)もかわいい。この、しおれてるのが(D)。いい子いい子してあげたくなる。
佐竹:いちばん最後にカバー絵を描いたんですが、そのときに、このフィヨルドの風景丸ごとが多分クマーなんだなって思えたんです。そこまで行きつくのに何か月もかかりました。とにかく最初はキャラクターを決めるのに時間がかかって。
宮部:この子がこの形になるまで。
佐竹:どこかで勘違いしてたんでしょうね。途中で、これで進めていっても、しょうがないだろうと気がついて。編集者と話していて、ほかの怪獣たちと同じ怖さがある存在なんだというのが、はっきりしました。
宮部:北欧にトロールっていますよね。
佐竹:そうそう。ちょっとそれも連想したりして。
宮部:ちょうど『悲嘆の門』を書いているとき、「トロール・ハンター」という映画を観まして。そっちはすごく大きな怪獣だったんですが、こっちは、あそこまで大きくないし、怖くはない……でも、怖いんだけど、ちょっとかわいくてユーモラスっていう、漠然としたイメージはありました。
佐竹:でも、なぜクマーだけが透明なのか、わからない。
宮部:ですよね。説明もしなかったし。
佐竹:お父さんお母さんが「大事な角」と言ってくれたってことは、お父さんもお母さんもいたっていうことで、クマーのお父さんとお母さんも透明なのかなあ、とかいろんなこと考えて。
宮部:そう。一応、お父さんとお母さんも透明で――だから、何ていうんだろう、よいトロールみたいな。この一族、クマーの種族は、数も少なくて、大きなフィヨルドに一頭いるぐらいな感じで。だからこそ、主というか、守り神というか。でも、神様のように信仰される存在ではなくて、人々には知られてないっていう。
───クマーが最終的にどんな姿になったか、読者の方はぜひ絵本を開いて確かめてみてください!