作家、書店員、編集者が集まって、リアルな子育ての話をしてみたらどうなる!?
メンバーは、大人気の絵本作家ヨシタケシンスケさん、ユニークな書棚作りで知られる書店員の花本武さん、ヨシタケさんが描いた初の育児マンガ『ヨチヨチ父』の編集者・跡辺恵理子さん(赤ちゃんとママ社)、ヨシタケシンスケさんの絵本を数多く担当する編集者・沖本敦子さん(ブロンズ新社)の4人。1歳から14歳までまさに“子育て渦中”の4人が、それぞれの葛藤や楽しさを語りあう、ハラハラドキドキの座談会レポートです。仕事の垣根を越えた本音トークが炸裂!
●最初はお互い“独身”でした。
───今日はいつものインタビューとはちょっとちがった趣で、子育て中ならではのお話を伺えるのが楽しみです。ヨシタケシンスケさんは、編集者の跡辺さん・沖本さんとはふだんから仕事でお付き合いがあるのですよね。
ヨシタケ:はい。『ヨチヨチ父』の編集者が跡辺さんで、絵本デビュー作『りんごかもしれない』からぼくの本をブロンズ新社で担当してくださっている編集者が沖本さんです。お2人ともそれぞれ息子さんがいらっしゃるんですよね。
───ヨシタケさんは花本武さんとも以前からお知り合いだったのですか。
ヨシタケ:そうなんです。『りんごかもしれない』よりも前、ぼくが売れないイラストエッセイ集だけしか出していなかった頃から、花本さんはすごく評価してくださって。「フェアやります!」と仰って、2、3冊しかないのにどうやってフェアをやるんだろうと(笑)。
ヨシタケシンスケさん
吉祥寺の「ブックス ルーエ」の書店員、花本武さん
花本:『しかもフタが無い』(PARCO出版)を読んだときから、「おもしろいな〜」と思って大好きだったんですよ。何冊か出た頃に、働いている本屋でフェアをやりたいと思ってご連絡差し上げました。まとめて本を仕入れて、フェア用にサインを書いてください!とお願いして、ヨシタケさんが描いてくださったサイン入りの本を店に置いておくと、よく売れるんです。
そのときヨシタケさんはイラスト専業になる前で、会社で働いていたので、互いの出勤前の7時とか8時とかに、会社の近くの駅まで仕入れた本を抱えてサインをもらいに行っていました。
ヨシタケ:遠いのに、神奈川の方までわざわざ来てくださって、「こんな朝早くからありがとうございます」と言いながら、駅前のファストフード店でサインをしていました。
花本:ぼくにとってはそれがすごくいい時間で。出勤前にサインをもらいに行って、ヨシタケさんとちょっと雑談をしながらサインをもらって帰ってくるという。
ヨシタケさんもまだブレイク前夜だったので、フェアといっても2、3冊の本でどうするのかと心配してくださって、オリジナルのスタンプを作ってくれたんです。いろいろ組み合わせて押すと、組み体操みたいな絵ができるんですよ。お客さんも喜んでくれて嬉しかったです。
───その頃は、まだ2人ともお子さんはいらっしゃらなかったですか?
ヨシタケ:ぜんぜん。結婚もまだしていなくて、お互い独身でしたよね。それがいつのまにか(笑)。
花本:そうですねえ。ぼくの子どもは今1歳9か月で、ちょうどしゃべりはじめたところです。ヨシタケさんのお子さんはもうちょっと大きいですよね。
ヨシタケ:うちは、6歳の年長さんと小学5年生です。
───ちなみに、跡辺さんと沖本さんのお子さんは何歳ですか?
沖本:うちは4歳です。『りんごかもしれない』の出版直後に息子を出産して、復帰して『ぼくのニセモノをつくるには』を編集して、調子を崩して休職して、復活して『このあと どうしちゃおう』を編集して……と、私の編集者人生の中でもわりと激動の時代をヨシタケさんに伴走していただいてきた感じです(笑)。
絵本編集者の沖本敦子さん(ブロンズ新社)
跡辺:うちはもう大きくて、上は中学2年生、下は小学4年生です。
『ヨチヨチ父』編集者の跡辺恵理子さん(赤ちゃんとママ社)
花本:中学生とか想像できないなあ!
跡辺:朝から機嫌悪いですよ〜。「みそ汁、熱いんだよ!」なんてそんなことで怒っちゃう(笑)。
一同:うわあ〜〜…。
───中学生になると次のステージという感じですね…。
●子どもは可愛い! でも…子どもとの暮らしが始まった直後はやっぱり大変!
───『ヨチヨチ父』は雑誌「赤ちゃんとママ」の人気連載が単行本になったものですよね。連載はどういったきっかけで始まったのですか?
跡辺:私も前からヨシタケさんのイラスト集が好きで『そのうちプラン』(遊タイム出版)の中のあかちゃんの絵を見たときに、育児マンガの連載をお願いしたい!と思って私からご連絡しました。あと “夜中に妻か子どもの泣き声で目が覚める”とどこかの媒体でヨシタケさんが描いていて、それを読んだときのリアルさにぞわっとしちゃって…ぜひ育児のことを描いてもらわなくちゃと思いました。
ヨシタケ:でも、当初依頼頂いたときには、あまりに子どもがいる生活が大変すぎて、「とてもじゃないけど、今は無理です」と断ったんです。
跡辺:3、4回断られていますものね。「そろそろどうですか」と何度か伺って、ようやく。
───何がいちばん大変だったんですか?
ヨシタケ:何が…って、すべてですね。長男が生まれたばかりの頃は、イラスト専業になる前で、会社の仕事もフリーのイラストの仕事も両方あって、すごく忙しい時期でした。でも妻は一分一秒でも早く帰ってきてほしいと。だから徒歩のところはすべて走って、電車の中ではずっとそわそわしているという感じでした。
妻は、産後の免疫系の不調から、体の痛みがひどかったんです。泣いている子を抱いて授乳しようとしても、痛くてなかなか抱けない。でも無理して抱っこするしかない。最初はなぜ痛いのかわからないし、自分の抱き方が悪いんじゃないかと悩んで、病院に行ったりするんですがなかなかよくならない。当然、子どもも妻も不安定になりますよね。
そういうときに昼間は会社の仕事が忙しくて、むりやり切り上げて自宅に帰ってきて、夜は夜でイラストの締切があって…。そのときは仕事部屋もない狭い家に住んでいたので、イラストを描く四畳半の部屋に洗濯物がいっぱいぶら下がってるんですよ。その下で、泣く子どもを抱っこしながら「さあ、今夜中にクスッと笑えるおもしろいイラストを描くぞ!」って…。「日本中のひとがくすっとできるようなほのぼのしたネタを考えるぞ」って…無理だろう!と。そのときの切羽詰まり度は、自分でもちょっと笑っちゃいましたね。
───それはたしかに大変…!
ヨシタケ:長男が生まれてから4、5か月間がいちばん大変でした。妻の体の痛みが産後の体質の変化によるものだとわかって、合う薬が見つかってからはずいぶん変わりました。
沖本:私も産後、病気を経て産後うつになりました。産後はホルモンバランスが崩れやすくて、いろんな不調が起きるんですよね。知らなかったよ…と思いました。
一度は職場復帰したんですが、そのあと調子を崩して、子どもが1歳になる頃から数ヶ月休職しました。その当時は家に引きこもって何もできませんでした。子どもがいちばん可愛い時期なのに、私どうしてこんな風になっちゃったんだろう…と、ぐるぐる考えつづけて。今はすっかり元気になりましたけどね。
花本:そうでしたか…。しかし「いちばん可愛い時期」って謎ですよね。子どもと一緒にいると、知らないおじさんやおばさんに「今がいちばん可愛い時期だから」と言われて「あ、また言われた」「また言われた」って。「今もか」って。結局ずっと可愛いのかな?
沖本:ずっと可愛いですよ。4歳くらいになると本気でイラッとすることもありますけど(笑)。
ヨシタケ:ぼくの場合は人より遅くて、言葉でコミュニケーションがとれるようになった2歳くらいのときですね、本当に「可愛いな」と思ったのは。父として自分が子どもに必要とされているんだなと感じられたとき、ようやく「ぼくは親になったんだな」「ぼくは父だな」と思いました。
とにかく最初はモヤモヤしっぱなし。(『ヨチヨチ父』より)
───跡辺さんはどうですか?
跡辺:中学生になってもずっと可愛いですよ。「オレに触るな!」とか言われますけど(笑)。
うちは息子が2人で、上の子はもう14歳ですが、ずっとワンオペ育児でした。同業の夫は帰りが遅いし、家事も育児も手が回らないし、けっこう追いつめられて、とくに最初の子はなかなか夜寝てくれなかったので…、夜中に授乳しながら『深夜特急』(新潮文庫)を読んだときには涙がとまりませんでした。バックパッカーにあこがれていたんですよ。でも色々あってなれなくて、もう旅の世界には二度と戻れないんだ!と思うと悲しくて、大好きな本が大嫌いになっちゃって。ずっと封印していました。次に読めたのが6年後くらい。
ヨシタケ:その気持ち、わかります。
跡辺:当時いた会社は、あかちゃん産んで1年間も休む人は職場にいなかったんですよ。私も産後すぐ復帰して、仕事と家事育児を続けました。
沖本:でも大変な時期は、子どもが成長するにつれていつか抜けますよね。
跡辺:今振り返ると、何とかなるな、何とかなったなって思います。