●『くれよんのくろくん』は、私の中でも一番よくできたと思う作品です
───実は絵本ナビでのインタビュー最多出場のなかやさんですが、「くれよんのくろくん」シリーズのお話を聞くのは今回がはじめて。『くれよんのくろくん』がどのように生まれたのか伺えますか?
『そらまめくんのベット』(福音館書店)で絵本作家としてデビューをしたのですが、デビューから4年ほど経ち、新しいキャラクターの絵本を作りたいと思うようになりました。私は、お話を描くとき、絵のタッチを変えることにしているので、まずはどんな画材で描こうか、持っている画材を確認しました。すると、その中に私が小さい頃使っていたクレヨンが入っていたんです。ふたを開けてみたら、好きな色のクレヨンは短くなっていて、あまり好きではない色のクレヨンはほとんど使われていない……その状態のクレヨンを見たとき、使っていないクレヨンを活躍させるお話を描きたいって思ったんです。
───その思いから、主人公は黒いクレヨンの「くろくん」になったんですね。

「くろくん」を主人公にしようと決めて、どんなときにクレヨンの黒をよく使っていたかを考えたんです。そこで思い出したのが、小学校2年生のとき、夏休みの宿題で母に教えてもらって描いた花火の絵でした。それはスクラッチを使って描いていて、黒のクレヨンをたくさん使った記憶があるんです。それを思い出したとき、物語のラストは花火の絵でくろくんに活躍してもらうことが決まりました。
───最初はみんなに仲間外れにされるけれど、シャープペンのお兄さんの機転もあり、最後は、くろくんの活躍でみんな仲直りするというストーリーは、なかやさんの子どもの頃の体験から生まれたのですね。
人を見た目だけで判断したらいけないということ、人それぞれに良いところがあるんだよと、伝えたいことをシンプルに上手くまとめられたと思っています。実は、『くれよんのくろくん』のストーリーは自分の作品の中でも一番納得のいく形で作ることができたと思っているんです。

───シャープペンのおにいさんの存在も、物語の重要なポイントですよね。
そうなんです。シャープペンのおにいさんは、我々大人の立場を表しています。子どもたちがグループでいると、大なり小なりトラブルが起きると思うのですが、それを子どもたちだけで解決するのって、かなりレベルが高いんです。
───シャープペンのおにいさんのようにスマートに問題を解決できる大人は、格好良くて、きっと子どもたちにも大人気ですね。先ほど、新しい絵本を描くときは画材を変えると仰っていましたが、「くろくん」はやはり、クレヨンで描いているのでしょうか?
背景やくろくんたちが描いている絵はクレヨンを使っています。あとはカラーインクとペンと色鉛筆。それに貼り絵も使っています。
───え、貼り絵ですか?

特別に、貴重な原画を見せていただきました!
くろくんたちの体の紙の部分、ここの部分はクレヨンの巻紙の質感を出したかったので、テクスチャーのある紙を切って貼っています。あと、白い画用紙も貼っているんですよ。
───貼り絵をされているなんて! すごく自然なので、描いていると思っていました。
原画を見ないと、なかなか気づかないと思いますよ。そしてこれが最初の『くれよんのくろくん』のダミーです。
───これはとっても貴重なものですね! 表紙が「こどもくれよん」のふたのデザインになってる!

『くれよんのくろくん』のダミー。表紙が出版されている物と違います!
実は、童心社で出版が決まる前、何社かこのダミーを持って持ち込みをしたのですが、出版には至らなくて……。でも、私はとってもいいものが描けたと思っていたので、ずっと大切に温めていたんです。その後、童心社から「一緒に絵本を作りませんか?」と言っていただいたとき、今度こそ……と気持ちを込めて、お見せしたら、すぐにOKをいただいて、出版することができました。
───何度も断られていたなんて、とても意外です。

ようやく出版が決まって思ったのは、お話よりも絵がダメだったのかなってこと。その頃のダミーは、今よりももっと荒い、下絵のようなものだったんですね。だから、編集者の方に伝わらなかったのかなと思って、それ以降、編集者さんには絵もお話もしっかりと作り込んで、自分の中である程度、完成したものしか見せなくなりました。
───なかやさんが出版することをあきらめず、持ち込みを続けてくれたから、私たちは今、『くれよんのくろくん』を楽しめるんですね。出版後はかなり早い段階で、ベストセラーの仲間入りをしたように思います。
私の中でも今までにないスピードで重版がかかり、読者の方からのおはがきもたくさんいただきました。当時は、まだ新人だったので1冊、1冊、絵本を出させてもらうのがすごく大変で、次はいつチャンスが来るか分からないという状況でした。童心社とのお仕事もはじめてだったので、確実に結果を出さなければいけないと自分の中でもプレッシャーをかけていたので、はがきという形で、読者の方から反応が返ってきて、すごくホッとしたのを覚えています。
───『くれよんのくろくん』はすぐに海外でも出版され、韓国でもベストセラーになるなど、人気は不動のものになっていきました。続編を作ることになったとき、アイディアはすぐに浮かんだのですか?
正直、1冊目で完結させたと思っていたので、続編のお話をいただいたときは、嬉しい反面、どんなお話を描いたらいいのか悩みました。ただ、続編をしっかり成功させることができれば、絵本作家として活動していく土台が、ようやく固まるかなという思いもあり、これは絶対に読者に届くものを作らなければという新たなプレッシャーを感じました。
───なかやさんはプレッシャーをはねのけて、しっかりと結果を出していて、本当にすごい! 2冊目の『くろくんとふしぎなともだち』は、新しいキャラクターが登場し、くろくんたちの世界がさらににぎやかになったように感じました。
「くれよんのくろくん」シリーズの根底に流れるテーマは「絵を描くことの楽しさと喜び」なんです。『くろくんとふしぎなともだち』では、新しいキャラクターの登場で事件は起こるけれど、最終的に「みんなで描く喜び」を伝えられる内容を目指しました。
───くろくんは散歩をしている途中で、バスくん、ふねくん、しんかんせんくんと出会います。1冊目では自分をなかなか表に出せない性格だったくろくんが、このお話では、まっさきにバスくんたちと出会って、仲よくなってしまうところに、くろくんの成長を感じました。

くろくんが1冊目よりもリーダーシップを発揮できるようになったのは、自信がついたからなんです。ふだん、くろくんたちは、クレヨンだけで暮らしているけれど、この絵本のように突然外からふしぎなともだちが来たとき、みんなはどんな反応を示すかな?と思ってお話を作りました。子どもたちも、ある日突然、転校生がやってきたら、すぐに仲よくなれる子、遠巻きに見てしまう子など反応はいろいろですよね。ただ、ふだんと違う友達が来ることによって遊びの幅が広がったり、友達の新たな一面が見えたりして、最後はみんな仲よくなれる。そういう子ども同士の人間関係をこの作品では描きたいと思いました。
───くろくんのあたまが凹んできたことを疑問に思って、ふしぎなともだちに会いに行く場面、くろくんの後をすぐ追いかけるきいろくんがいたかと思うと、ちょっと心配そうな、あかさんがいたり……、ほかのクレヨンたちの個性も、2冊目ではより表現されているように思います。
そうですね。一冊目でも色によってキャラクターの性格をなんとなく決めていたのですが、2冊目以降はよりひとりひとりの個性を出すように描くようにしています。
───それぞれのキャラクターの性格を簡単に教えていただけますか?

きいろくん…行動派。何でも興味を示す男の子。

───色の性格が分かると、みんなと一緒に動いているとき、どんな表情をしているか、どの位置にいるか、しっかり見てみたくなりますね。そして3冊目『くろくんとなぞのおばけ』。これはなかやさんの作品の中でもめずらしい「死」を扱っている作品ですね。
「死」を扱っているのですが、描きたかったのは「生きている価値」や「命の重さ」。このころ編集者さんから、今の子どもの半数以上が「死んだら生き返れる」と信じているということを聞いて、それはとても命を軽んじてしまう怖いことだと思ったんです。命の重さ、生きている価値、今ある命は、ご先祖さまから受け継がれた大切なものである事を少しでも理解してほしいと思い、絵本ではあまり扱わない「死」をテーマに選びました。
───最初は、クレヨンが夜になるとひとりずつ消えていくという、ドキッとする展開からはじまりますが、最後は悲しいながらもとても温かい気持ちになるお話だと思います。ねずみのおじいさんを喜ばせようと、くろくんたちが最後に描いた絵は、このシリーズのテーマでもある「絵を描くことの楽しさと喜び」がおじいさんを通して、私たちにもしっかり伝わりました。

小さいころは、「命の重さ」や「生きている意味」ってなかなか分からないと思うんです。でも、絵本を読んで、おじいちゃんやおばあちゃんに会いにいくだけでもいいんです。いつか大きくなったときに、「あのとき読んでもらった絵本はこんなことが描いてあったんだな……」とふと思い出してもらえれば、この本の意味はしっかりあったんじゃないかと思います。

───新刊『くろくんたちとおえかきえんそく』のお話から、シリーズそれぞれのお話まで、じっくり伺うことができて、とても嬉しかったです。最後に、絵本ナビユーザーへ、メッセージをお願いします。
『くろくんたちとおえかきえんそく』は「くろくん」の世界を通じて、自分だけのオリジナル絵本が作れる作品です。ぜひ、親子で対話しながら、世界で1冊しかない絵本を楽しんで完成させてください。その絵本がご家族にとって一生の宝物となれば幸いです。
───ありがとうございました。
●編集後記

取材のあった10月22日は、なかやさんのお誕生日でした!
