のら犬の世界にもいろいろとございまして。
大阪はキタのボス、ブラックのもとを訪れたのは、かつてのライバル “まんだらの安”、ミナミの親分でございました。
「ずいぶん痩せたなあ」「へい、長引く不況のせいでございます」
人間社会の不況は、のら犬の世界をも圧迫しておったんですな。大阪ミナミは通称「食い倒れの街」と呼ばれ、のら犬たちが食べる残飯も結構あったはずなのですが……。
「わしらの縄張りの公園まで人間が入ってきて、今ではそんな人間に飼われてるのら犬もおりますわ」
家のない人間に飼われる犬は、飼い犬なのか?のら犬なのか?
ま、そんなことはさておき、痩せた体をひきずってまで、安はお茶飲み話をしにきたわけやない。じつは仇討ちをしてほしいというキナ臭い話なのでございます。
「娘のメリーに手を出したやつがおりまんねん」
なんとメリーさん身ごもってしまったと。しかもその相手が……
「飼い犬なんですわ」
「!」
のら犬と飼い犬は、同じ犬でも住む世界が違うんですな。やつは踏み越えちゃいけねえ線を越えちまったってわけです。
「ドーベルマンっちゅうごっついやつで、ジョージアいいまんねん」
「缶コーヒーみたいなやつやなあ」
「…………」
ま、その、なんだ、要するに犬の世界の仁義もわきまえないやつには、キッチリとものの道理を教えたろやないかい!ということに相成ったわけでございます。
そいでもってある日のこと、街を歩くジョージアの前に仲間をひきつれたブラックと安が満を持してやってきた。
「こらジョージア!見てみい。こっちに30、あっちに30、そっちには41、しめて101匹わんちゃんが、おめえを取りかこんどる。覚悟せえよ!」
ブラックの号令のもと、仲間が一斉にジョージアに飛びかかったからたまらない。
BOW!WOW!ガォォォーン!
ところがジョージアは無抵抗、なすがママならきゅうりがパパよってな具合だ。なんや飼い犬は弱いなあというブラックに、おれはもう飼い犬やないんやとジョージア。
「どういうことや?ははーん、さては次の愛犬がきたな?」
「そうや。しかもそいつはロボット犬や」
「ロ、ロボット犬!」
エサは不要、散歩も不要、ウンチはしないロボット犬……こいつは楽でええやないかと、ジョージアを見捨てて乗り換えたわけというわけだ。
いやじつに、人間っていうのは勝手な生きもんでございますなあ。ま、今にはじまったことやおまへんけど。
「そやから家を捨てて街に出たんや。そしたらメリーに出会って。おれ、生まれて初めて恋をした。頼む、もう一度彼女に会わしてくれ。メリーに首ったけや!」
うう、なんとも健気(けなげ)なやつじゃありませんか(涙)。そんなジョージアにまんだらの安も手を差し伸べた。えらい!男だね、安さんっ!
「メリーのとこへ行こか。あいつのお腹にはおまえの子がおんねんで」
「ほ、ほんまでっか。おおきに」
2匹は肩を並べてメリーのもとへ向かったのでありました。
さて後日のこと。
「ボス、まんだらの安いうのが来てますけど」
「おお、あいつまだ生きとったんか」
「どうもご無沙汰しております」
「お!おまえたしかジョージアいうたな」
「へい。じつはオヤジの安が亡くなりまして、二代目安を襲名しました」
おぅよろしく頼むでと挨拶する2匹。そのとき、ブラックの旦那がふと訊いたのでございます。
「飼い犬やったおまえが、のら犬をまとめていけるんか?」
なんでも以前飼い犬だったやつは、元の飼い主が現われると尻尾をふって戻ってしまうのだとか。
「いえ、きっちりとけじめをつけてまいりました」
「けじめ?」
「へい」
さあ、二代目まんだらの安ことジョージアがつけた“けじめ”とは……っていうのが、このお話のオチであります。
悲しいのは犬なのか、それとも?
その答えはぜひとも本書でどうぞ。
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