日本による植民地統治下の朝鮮で、国民的女優として活躍した一人の朝鮮人映画女優がいた。
彼女の名は文藝峰(ムンイェボン)。舞台女優だった彼女は、その自然な演技力と「朝鮮的」な容貌を見いだされ、朝鮮映画に数多く出演し、たちまち国民的な銀幕スターになっていった。
「朝鮮のマレーネ・ディートリヒ」「3千万人の恋人」とも称された彼女だが、動員の重要な手段として映画が利用された戦時体制下で日本帝国主義の宣伝映画に最も多く出演し、銀幕でイデオロギーを広める最前線に立つことにもなった。
映画の内容も言語も人材もすべてが日本の支配下に置かれていくなかで、日本への「抵抗」と「協力」のはざまにいた文藝峰。朝鮮の独立後は日本帝国主義に与した映画人として非難にさらされたことで北朝鮮に渡り、そこで再び国家の思惑に組み込まれていく。
太平洋戦争や朝鮮半島の南北分裂など、時代に翻弄され続けた彼女の人生を、植民地の映画施策と朝鮮映画の表現を精緻にひもときながらたどり、「朝鮮国民女優」の葛藤を明らかにする。
【目次】
はじめに――映画『志願兵』をみてみよう
第1章 日本支配下の朝鮮で映画はどう作られたのか――朝鮮映画史
第2章 朝鮮で女優はどのように誕生し、定着していったか――朝鮮女優盛衰史
第3章 〈映画女優〉文藝峰は、どのように育ち、成熟していったか――映画人のなかの文藝峰
第4章 文藝峰はどのように民族の心を捉えていったか――『主なき小舟』からの歩み
第5章 日本の戦争に協力した朝鮮映画をみる――協力と抵抗のなかで
第6章 〈国民女優〉文藝峰の成熟――秘められた抵抗の演技
「おわりに」にかえて――大女優のその後
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