●そういう風にしか思えない、その言葉が浮かんできました。
───シリーズで、それぞれのキャラクターは、巻を追うごとに成長していきます。ストーリーも、暗い場面や悲しい出来事もありますが、ロンをはじめ、フレッドやジョージ、ウィーズリー家の面々のユーモアと明るさには救われた読者も多かったと思います。
際立ったキャラクターがよく描かれていますよね。こういうことある、こういう友達いる、というリアル感があります。ロンは、生真面目でちょっと暗いところのあるハリーととてもいい友達ですよ。
ハリーが、ロンと話していると一番楽しいというのがよくわかります。第1巻『ハリー・ポッターと賢者の石』で、ハーマイオニーは、最初はお節介なクラスメイトの一人だったのが、あることをきっかけに二人と仲良くなるシーン、あれは良かったですよね。
ロンドン郊外の、どこにでもありそうな平凡な街角、ある晩不思議なことがおこる。そして額に稲妻の形をした傷を持つ赤ん坊が、一軒の家の前にそっと置かれる。生まれたばかりの男の子から両親を奪ったのは、暗黒の魔法使い、ヴォルデモート。 平凡な俗物のおじ、おばに育てられ、同い年のいとこにいじめられながら、その子、ハリー・ポッターは何も知らずに11歳の誕生日を迎える。突然その誕生日に、ハリーに手紙が届く。魔法学校への入学許可証だった。キングズ・クロス駅の「9と3/4番線」から魔法学校行きの汽車が出る。ハリーを待ち受けていたのは、夢と、冒険、友情、そして自分の生い立ちをめぐるミステリー。 ハリーはなぜ魔法界で知らぬものが無いほど有名なのか?額の傷はなぜか?自分でも気づかなかったハリーの魔法の力が次々と引き出されてゆく。そして邪悪な魔法使いヴォルデモートとの運命の対決。
───トロールに襲われたのをやっつけて、それから3人組になりましたね。
そういう稀有な経験をしたときに、仲良くなることがあるものだというところ、私も「そうだそうだ」と思いました。
───それぞれのキャラクターの個性を目立たせるために、訳者として意識することはあるのでしょうか。
いえ、翻訳は原作とじっくり向き合うことですから、読めば自然に頭の中に訳が浮かびます。ただし私以外の人が訳した場合は、その人の頭にどう浮かぶかですから、全然違った物語になる可能性もありますね。私の頭の中では、この本で訳した世界がこのように見えた、ということです。
───シリーズを通して、学校の描写や文化の面で、日本との違いや伝えづらいと思うことはありましたか?
「ハリー・ポッター」の世界は、ボーディングスクール(全寮制の寄宿学校)で、日本にはあまりない制度ですから、それは独特ですね。ただ、イギリスの小説や映画でよく出てきまし、すんなり入っていける世界のように思います。日本にも寄宿の学校がないこともないですしね。
ハリーの物語を読んだアメリカの子どもたちがボーディングスクールに入りたいと大騒ぎしたということは聞きました。アメリカにもないですからね。
───イギリスの寄宿学校というと特別な世界というイメージがありますが、ハリーたちのおはなしを読んでいると、なじみのないはずのイギリスの学校生活が、とても生き生きと伝わってきて、あっという間に入り込んでしまいます。
すぐに入り込めるし、一度入り込んだら出てこれないですね(笑)。
───夢中になって一気に読んでしまう魔力があると思います。
今の子どもたちは幸せですよ。シリーズ全巻を一気に読めるのですから。発売当初は、1年に1巻しか出なかったですし、3年待ったこともあります。読者は待ち遠しくて大変だったでしょうね。その分、自分の成長と一緒に読めるという面白さもあったと思いますが。今とまた違う楽しみ方ですね。
───松岡さんは、キャラクターの中で誰が一番お好きですか?
ハグリッドです。今はスネイプも好きですけれど。
───スネイプは最初からずっと恐ろしいイメージでしたが、最後はきっとみんなが好きになってしまったキャラクターですね。
最後の最後まで謎の人物でしたね。6巻まではまだ悪党でした。7巻ではじめて正体が分かるわけですから。
───予想もつきませんでした。第7巻『ハリー・ポッターと死の秘宝』で、スネイプの過去を辿る場面はとても印象的です。
7月31日、17歳の誕生日に、母親の血の護りが消える。「不死鳥の騎士団」に護衛されて飛び立つハリー、そして続くロンとハーマイオニー。ダンブルドアの遺品を手がかりに、彼らの旅が続く。その先にある戦いは・・・。
「憂いの篩(ふるい)」で、スネイプがリリーへの気持ちを打ち明ける場面ですね。
───最初にあの場面を原書で読んだとき、松岡さんはどう感じられましたか?
あなたはいかがでした?
───はい、だいぶ泣いてしまいました。
私もあちこちの場面で泣きましたよ。そして夢中になって訳しました。 スネイプとダンブルドアが話すシーン、ダンブルドアのセリフ、「これほどの年月が経ってもか?」(下巻P452)、まだリリーのことを愛しているのか? ということを聞いたときに、スネイプが何て答えたか、覚えていますか?
───「永遠(とわ)に」ですね。
はい。 「永遠に」の部分は、原文はなんてこともない言葉で、“Always”なんです。
───そうなんですか! 「永遠に」と訳するのに悩まれましたか?
“Always”が「永遠に」になるまでには、私の思い入れがありますね。
そういう風にしか思えない、その言葉が浮かんできました。
やはり読み込むということが大事で、そこまでずっと読み込んできたからこその言葉だったと思います。
───あの「永遠に」のセリフで、スネイプのファンがどれだけ増えたことか…。名シーンですね。
私自身も「永遠に」が好きなんです。
───「ハリー・ポッター」は、来年で、原書発売から20年になるそうですね。
はい。私は2年遅れで追いついているので、18年のつきあいになります。
───長年向き合ってこられた松岡さんにとって、「ハリー・ポッター」の世界はどんな存在ですか?
「魔法」です。まさに魔法ですね。亡くなった主人から私へのプレゼントだと思います。夫が、私に残してくれたのは小さな出版社だけでしたけれども、この本をくれたのだと今でも思っています。ですからそれこそ「永遠に」感謝しています。今は新しい夫がいろんな意味で手伝ってくれていますので、それもこれから「永遠に」感謝しないといけないですね(笑)。
───素敵ですね!
ついにハリー・ポッター物語シリーズは、今作、8番目の物語『ハリー・ポッターと呪いの子』で完結。そしてまた映画にともなって新しいシリーズが誕生しましたね。「ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅」。すでに映画は公開されています。
「ファンタビ」と呼ばれていますね。
───原書は映画の脚本の形式のようですが、日本語版の翻訳予定はあるのでしょうか?
"FANTASTIC BEASTS" 原書
はい、今から翻訳します。また缶詰ですね。
───日本語で読めるのが楽しみです! 発売はいつの予定なのですか?
出版社としては春に出したいと思っていますが、翻訳者としてはどうなりますかね(笑)。なるべく早く出したいけれどいい加減なことはできませんので。
この下に描いてある動物は、なんだかわかりますか?
───モグラみたいな動物ですね。
これは「ニフラー」といって、静山社ペガサス文庫の『幻の動物とその生息地』という本に載っている動物です。
この本は、現在絶版になっているのですが、また立派な本の形で販売する予定ですので、こちらも楽しみにしてください。
映画は、この本に載っている動物がぞろぞろ出てきます。ニフラーは、映画を見ると、とってもかわいいですよ。
───最後に、絵本ナビ読者のポッタリアン(ハリー・ポッターファン)に向けてメッセージをお願いします。
たぶんファン第一世代の、毎年新刊をたのしみにしていた世代の方は、20歳以上になっていて、今回の8年ぶりの新刊も、内容を知る前に飛びついて買ってくれたと思うんです。「ハリー・ポッター」はひとつの完結を迎えましたが、これからも何度も読み直してほしいと思います。読んだ年齢によって違う感想が生まれると思います。そして新しく誕生した「ファンタビ」シリーズも楽しんでください。こちらは映画なので、文学とは少し世界が違いますが、物語は、ハリーの生まれる前の1926年のニューヨークからはじまって、今後5回にわたってシリーズで描かれます。魔法の世界のまた別の側面を楽しめると思います。「ハリー・ポッター」から派生した、魔法の世界がますます広がっていきますよ。十分にお楽しみください!
───これからハリーの世界に入ってくる子どもたち、大人もたくさんいると思います。
8番目の物語『ハリー・ポッターと呪いの子』からハリー・ポッターの世界に入ってくる読者も、ぜひ1巻から読み直してほしいと思います。
新しくシリーズを読む子どもたちは、まだハリーの世界を深く知らないと思うんです。1巻から十分に時間をかけて読んでほしいと思います。その子たちはファン第3世代の親になる人たちですからね。もともと「ハリー・ポッター」はロングセラーになる本だと思っていましたが、今は第2世代ができたことがとてもうれしいですね。ぜひこれからも長くハリーの世界と3人組の物語を楽しんでほしいです。
それこそ逆転時計みたいに過去に戻って、何度も世界を楽しんでほしいです。そして次の世代、将来に伝えていってください!
───ありがとうございました!
「ハリー・ポッター」シリーズページはこちら>>
「携帯版 ハリー・ポッター」シリーズページはこちら>>
「文庫版 ハリー・ポッター」シリーズページはこちら>>
「静山社ペガサス文庫版 ハリー・ポッター」シリーズページはこちら>>
額装された原画の前で撮らせていただきました!
◆ 画家 ダン・シュレシンジャーさんによる、各巻の原画
第2巻・第3巻の表紙の原画
ハードカバーの表紙の絵の中には、必ずどこかにハリーがいることをご存知でしたか? ハリーの姿を探してみてくださいね。
サインを書いていただきました!

インタビュー・文: 掛川 晶子
撮影: 所靖子