───発売されてからもう35年も経っている『なにをたべてきたの?』ですが、当時はどんな絵本がつくりたいと思われて制作がスタートしたのでしょうか?
絵本が出版されたのが35年前で、制作したのはそれ以前ですから、40年近く前のことになります。その頃はまだ若く、私はまったく無名の駆け出しで、やはりまだ若かった編集の方と居酒屋で怪気炎をあげておりました。
「人間にはね、時代も、人種も、文明も超えて、すべてのいのちの奥底を流れ続けている地下水脈のようなものがあると思うよ。そこに根が届いているような絵本が出来れば、その絵本のいのちは我々よりはるかに長いと思うよ。だから、私は流行の絵は描かないよ。流行の絵は必ず流行遅れになるからね」
思えば、35年後の今など想像もできないし、制作した絵本がいのちの地下水脈に根が届いているかどうかも分からないのに、くそ生意気な若造でした。
───主人公のしろぶたくんが食べたものが、お腹にふわっとした色のかたまりになって・・・子どもたちの大好きな場面です。このアイデアはどんな風に誕生したのでしょうか。
また、岸田衿子さんとはどんなやりとりがありましたか?
私は無名の駆け出し、岸田先生は大御所でした。編集の方に紹介されて初めてお会いしたとき、恐る恐る岸田先生の前に、一冊の手のひらぐらいの小さな豆本を差し出しました。ふとしたときに思いついたものを目に見えるようにするために作ったもので、その中に、食べたものの色がおなかに浮かぶ表現はありました。豆本ではブタくんがいろいろな動物たちに会うお話でしたが、ブタくんたちばかりが登場するお話にするとか、いろいろとアドバイスをいただいて手直しすることになりました。それが『なにをたべてきたの?』なのです。
人間は、本を読んでも、スポーツをしても、映画を見ても、心を動かされたものの色に染まります。すべてのいのちは、食べ物のいのちをもらって生きているのです。でも食べたものにはなりません。やはり自分自身のままで少しずつ大きくなっていきます。そのようなことを、とりとめもなく考えていたことを思い出します。

───この絵本が世代を超えて長く読まれ続けている理由には、とてもシンプルな線なのに、しろぶたくんはとってもぶたらしく、果物はとっても美味しそうに描かれている絵の魅力という部分も大きいのだと思います。読めば読むほど、可愛さや美味しさを感じるようになってくるのも不思議な感覚ですね。
太古の壁画も、浮世絵など日本の絵画も線で形を書きます。線で形を書くことは絵の原点ではないかと思っています(文字もそこから生まれてきました)。線で描かれた絵を見て実物を思い浮かべられる想像力は、神様が人間に下さった素晴らしい能力ではないかと思います。遠い遠い昔から、人種にも文明にもかかわりなく、みんなみんな同じです。だから世界中の、まだ文字を読めない子どもたちでも絵本を楽しむことが出来るのでしょう。
私がもしも少しでもいのちを宿した線で描くことができれば、それだけ見た人の想像力と響きがあって、見た人の想像力と一つになって、というより見た人の想像力の中で生き生きと生きていくことができるのではないかと思うのです。そうなれば、現実のブタくんには無いいろいろな表情や、お腹に浮かぶいろいろな色たちも、見た人の想像力の中で、自然で楽しく存在してくれるに違いありません。これは、私にとっては何よりも楽しく幸せな、神様からの贈り物だと思っています。

───今も変わらず小さな子どもたちが喜んでこの絵本を読んでいる様子をご覧になって、どんなことを感じられますか?
画面に何かを描くと、必ず余白が生まれてきます。描いたものと余白との心地よい響きあいが、何度見ても飽きない画面を生み出してくれるのではないかと思っています。遠い遠い昔から、すべてのいのちは一つだけでは生きていけません。いのちは様々なものとの心地よい響きあいに包まれているときに、幸せを感じるのではないでしょうか。読み聞かせのほかほかとした世界もその一つに違いありません。だから何度でも何度でも読んでほしいのです。
───最後に絵本ナビユーザーの方にメッセージをお願いします。
今日まで人間が生み出してきたすべての文明も文化も、人間の想像力から生まれてきたのではないかと思います。幼い子どもたちは想像力が豊かで、空想の天才です。その幼い子どもたちの空想は絵空事ではなく、空想しているときは子どもたちにとっては現実そのものなのだと言われています。人間に生まれてきた子どもたちには、絵本を楽しみながら知らず知らずのうちに、いのちの地下水脈に根の届いた豊かな想像力を持って、育ってほしいと心から願っています。
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