
───『せいめいのれきし』はページも多いし、じつはお話もちょっとむずかしいですよね。でも、バートンさんの絵がとても楽しいので、小さい子どもでもけっこう読んでいますね。ただ、今の事実とはちがうところもあって、気になりませんか?

『せいめいのれきし 改訂版』38ページより
学術的に見たら、絵の描写も古くなっているし、内容も新しくした本を作りたくなるかもしれません。CGなどでより詳細な絵に変えるべきだという意見もあるでしょう。たとえば、今でも有名なティラノサウルスがしっぽをひきずっている感じは昔の1960年代のイメージなんです。今ではしっぽをやじろべえのように伸ばして、のろのろ歩きではなくて、素早く走り回っていたと分かっているのです。けれど、私はバートンさんの、あたたかな絵のタッチがみんなの「知りたい」という気持ちを育んでくれているように思うのです。この本は、情報量も多いし、必ずしもやさしくはありませんが、絵のタッチがハードルを下げてくれていて、親しみを感じさせてくれているのではないかと思っているので、新しくかえるより、この絵本をつなげていきたいです。
───バートンさんの絵には、いろんなしかけがあって、何度見ても「あ!こんなところにこんな生き物がいたんだ!」と新しい発見があって驚きます。繰り返し読んで楽しい絵本ですね。
こんな見方もできますよ。左ページと右ページの絵を、よく見比べてみてください。左のページには、シルエットに骨格がのっています。バートンさんが実際にニューヨークのアメリカ自然史博物館に通って、スケッチされたものです。骨とか歯の化石も描かれています。右ページの舞台の絵だけでもお話を進めていけるのですが、じつは左ページに描かれている博物館の展示物の絵でも、いろいろと解説されているんです。言葉で説明しているわけではないのに、情報量がすごく多い。左ページの骨格を見てから、バートンさんの気持ちになって、右ページの生き物の世界を想像してみると面白いかもしれませんね。
『せいめいのれきし 改訂版』30-31ページ
───たしかに、左側は科学博物館でよく見られる骨格ですね! わあ、これは素敵な発見です!

『せいめいのれきし 改訂版』32ページ。たしかに植物を食べています。
バートンさんの絵はすごくさりげないんです。たとえば、三畳紀という時代(32ページ)。いまから2億4000万年くらい前に、はじめて舞台に恐竜が登場します。左のページでは、プラテオサウルスが、ソテツのような植物を食べています。じつは、この絵にすごい事実が語られています。恐竜以前は、は虫類って基本的に肉食なんですよね。他の動物を襲って食べていた。ところが、恐竜のなかでなぜか植物を食べることに挑戦したチャレンジャーがいて、植物の魅力に気づいたんです。肉を食べるものはそんなに数も増やせず多様化できないんだけど、植物を食べるようになって、一気に恐竜が多様化していったんです。こうしたことはストーリーには出てこないのですが、左ページにわざわざ植物を食べる恐竜を描いて説明しているんです。この時代に草食の恐竜が出てきたことがすごく大きな出来事だったんだと知ってからこの絵を見ると、さりげなく表現されていることに驚いてしまいます。
───真鍋先生ならではの視点、すごく面白いです! 知識を持っていると、さらに深くこの絵本を楽しめるんですね。バートンさんは、たくさんのストーリーを絵のなかに盛りこんでいるんですね。

『せいめいのれきし 改訂版』35ページ。よ〜く見ると……
どのページにもたくさんあって話題はつきないのですが、ひとつ気づいただけでも見方が変わってきます。ぼくはたまたま恐竜の専門なので、このページを一生懸命見ちゃうんですが、たくさんの情報が盛り込まれていて、バートンさんはこんな風に考えて描いたんだなと思うことがあります。たとえば、ジュラ紀(34ページ)の右のページに、肉食恐竜に追いかけられる小さな鳥の絵が描かれています。鳥の起源は、今では木の上にのぼった小さな肉食恐竜が枝から枝へ飛び移っているうちに飛ぶことを覚えたと説明されるのですが、昔は、肉食恐竜に狙われて一生懸命早く走っているうちにふっと離陸できるようになったんじゃないかと考えられていました。だから、こういう風に描かれているんではないかと思うんです。背景を考えながら絵を読み解くと、いろんなことが分かってくる、すごく深みのある本だと思います。
───そこしれない魅力を感じます!