●『はやくちこぶた』の読み聞かせ方を教えてもらいました。
───井上さんは編集者として、積極的に子どもたちへの読み聞かせを行っていると伺いました。『はやくちこぶた』も読み聞かせをされているのでしょうか?
井上:もちろんしています。
早川:私はこのおはなしをどうやって読み聞かせするのか、まったく見当がつかないんです。読み聞かせってストーリーがしっかりと描かれている絵本の方が向いているんじゃないですか?
井上:ストーリー絵本の読み聞かせと同じくらい、ことば遊び絵本の読み聞かせは楽しいですよ。『はやくちこぶた』は、子どもたちと掛け合いをしながら、一緒に声に出して読む楽しさがある作品です。
───掛け合いをしながらですか?
井上:そうです。例えば私が「なまむぎ なまごめ なまたまご」と言ったら、子どもたちも続けて「なまむぎ なまごめ なまたまご」と声に出してもらいます。そうやって読むと年齢によって楽しみ方の違いを感じられるんですよ。
早川:それはどんなことですか?
井上:小学校1年生から6年生まで、それぞれの学年に読み聞かせをしたことがありました。そのとき、高学年の子どもたちは、いかに早く、噛まずに早口言葉を言えるかに集中します。でも、低学年の子どもたちは、絵が語っている物語を楽しんでいるみたいでした。 どの学年もまんべんなく楽しめる作品はとても貴重は絵本だと思います。
早川:私もときどき読み聞かせ会などで絵本を読みますが、子どもたちの反応が私の予想していたものと違っていることがあると、とても面白くて……良い意味で、いつも驚いています。
井上:早川さんは絵本を描かれるとき、いつも誰に対して描こうとか意識していますか?
早川:描いているときは読んでくれる子どもの年齢などあまり考えていないです。小学生と3,4歳くらい子どもでは、同じ場面を見ていても、気づくところが違いますよね。年齢の違う子どもでも1冊の絵本で楽しめるように、作品を作るときは、絵の中にいろいろなものを入れたように思います。
井上:まだ文字が読めないような小さい子どもたちでも、『はやくちこぶた』に出てくる早口言葉を丸暗記して、絵本に合わせて一緒に言ってくれることがあります。何度も繰り返し読んでもらって覚えてくれているのでしょう。年齢に関係なく繰り返し楽しむことのできる絵本はすごいと思います。
───先ほど、1冊の絵本で多くの子どもたちが楽しめるように絵を描いているとおっしゃっていましたが、そのほか、絵本作りでこだわっている部分はありますか?
早川:私の場合、絵本を作るときは最後がだいたい決まっていて、そこから前をトントントンと組み立てていくように作業を行っています。気をつけていることは、たくさん描きたいものがある中で、何を採用して、どれを引っ込めるかということですね。
井上:描きたいことを全部描いてしまうと、15場面ではとても収まりきらないですものね。
早川:そうなんです。あと、私は隙間が空いていると心配になっちゃうという癖があるのですが、最近はもう少し全体を引いて描いて、空間を生かすように描きたいという思いがあります。
井上:早川さんの絵はタッチがとても大胆だから、勢いよく描かれていると思う方も多いと思うんです。でも、実際はとても熟考されて、ラフも細かい所まで考えて描き込んでいます。『はやくちこぶた』のラフも、とても丁寧に描かれていたんですよ。でも、空間を生かす描き方も素敵になりそうですね。
早川:実は最近、近所に住んでいる姪っ子と甥っ子と遊ぶ機会が多くなって、彼女たちを見ていると絵本との付き合い方がちょっと変わってきたように思うんです。
───どんな風に変わってきたのですか?
早川:二人とも絵本が好きなのですが、それはおはなしが好きというよりも本のページを開いたり閉じたりするのが好きなんです。今4歳の姪っ子がもっと小さかった頃、私に絵本を読んでくれるのですが最初から読んでくれるのではなく、21ページ、2ページ、3ページとばらばらにページを開いて読んでくれます。そういう楽しみ方もあるのかとビックリしましたね。
井上:甥っ子さんは、今何歳なんですか ?
早川:1歳です。だから、まだ絵本のおはなしは分かっていなくて絵本はかじるものですね(笑)。あと、お姉ちゃんと一緒に絵本を使って勝手にあてっこ遊びをしてきょうだいで楽しんでいます。私は今年で13年くらい絵本作家をやっているのですが、同じ子どもと長い時間接することがなかったので、子どもたちの絵本の遊び方に改めて驚かされます。
井上:早川さんは絵本作家さんを多く輩出している、多摩美術大学出身ですが、学生時代から絵本作家を目指していたのですか?
早川:強く絵本作家になりたいと意識してはいなかったと思います。私は大学時代に木口木版(※)という技法と出会って、『トリツカレ男』で出版の世界と関わりを持ちました。さらに『しんじなくてもいいけれど』で絵本の仕事をさせてもらって……と、絵を描く仕事を続けてきたのですが、甥っ子や姪っ子と遊ぶようになって、彼女たちのような絵本の楽しみ方をもっとしてみたいと思うようになりました。
※木口木版……木版画の制作技法のひとつ。年輪の部分を彫って作品を作る。板目木版と比べて細かい表現がしやすいのが特徴。
井上:子どものころ、好きだった絵本はありますか?
早川:そんなにたくさん絵本があったわけではないのですが、福音館書店の月刊絵本「こどものとも」や「かがくのとも」を親が定期購読してくれていたのは覚えています。特に印象に残っているのはかこさとしさんの作品ですね。「だるまちゃん」シリーズや「科学の絵本」シリーズの細かく描き込まれているところが好きで、ずっと見ていました。
井上:早川さんの細かい所まで描き込む技法は、かこさんの影響を受けているからかもしれないですね。大学では絵本創作研究会に所属されていたのですよね。
早川:はい。でも、一人で1冊を作り上げることはできなくて、メンバーと一緒に合作で絵本を作ったり、画集やポストカードを作ったりしていました。同じ研究会のひとつ下の学年には絵本作家の田中清代さんがいたのですが、彼女は当時から絵本を作っていましたね。
───姪っ子さん、甥っ子さんと遊ぶことで、今後、早川さんの作品に変化が出るかもしれないですね。
早川:そうですね。最新作『十二支の おもちつき』(作:すとうあさえ 出版社:童心社)は、12匹の動物それぞれの個性を目立たせようと、私の中で新しい描き方にチャレンジしています。パッと見て分かるように描いたのは、甥っ子と姪っ子と絵本を楽しんだ経験があったからだと思います。それと、彼女たちと一緒に絵本の体験ができるうちに『はやくちこぶた』の続編も考えたいと思っています。
───それはすごく楽しみです。どんな作品を予定しているのですか?
早川:まだぼんやりとしかまとまっていないのですが、前作と同じ言葉遊び絵本になるかもしれないし、物語絵本になるかもしれない、もしかしたらもっと不思議なおはなしになるかもしれません。
井上:早くいけば来年か再来年には、みなさんの手元に届けたいですね。担当編集者として、早川さんと一緒にこれからもいい作品を作っていただけるよう、頑張っていきます。
───絵本で1万部達成というのは、ひとつの大きなポイントだと思います。達成されたときはどう思いましたか?
早川:すごく嬉しかったです。実は9000部から1万部までの間が5年ほど空いていて、もうこのまま停滞してしまうのかなと思っていたので、1万部の連絡をいただいたときは、喜びとともにホッと安心しました。
井上:9年に渡ってずっと愛され続けて、1万部に達したことはとても誇らしいことです。早川さんご自身は、製作期間の2年間も含めると実に11年も『はやくちこぶた』に関わってくださっています。作品の回転の速い昨今の絵本業界で、長い間愛され続ける作品を描いて頂けたことを感謝しています。
早川:私もデビュー間もないころに作った作品が、今も続けて出していただけるのはとてもありがたいと思っています。これもひとえに、瑞雲舎さんと井上さん、そして本を買ってくださる皆さんのおかげだと思います。
井上:今回の記事をきっかけに、新たに多くの方が『はやくちこぶた』のことを知っていただけると嬉しいです。
早川:どうぞよろしくお願いいたします。
───今日は本当にありがとうございました。