●『くれくれくまちゃん』はアメリカの人気クリエイターが手がけた、キャラクターです。
───原作者のディヴィッド・ホーヴァスさんについて教えていただけますか?
ディヴィッドさんは、アメリカ在住のイラストレーターで、クリエイターです。世界的に有名となったオモチャ「アグリードール(UGLYDOLL)」は彼が手がけた作品です。
───そうなのですね!
そのほか、アニメーションとして日本でも人気となった「リトルボニー(LITTLE BONY)」も彼が生み出しました。オバマ元大統領の娘さんが彼のキャラクターが好きで、リュックにグッズをつけているなども話題になりました。
───アメリカだけでなく、世界中にファンのいる人気クリエイターなのですね。
はい、『BOSSY BEAR』は彼の絵本デビュー作として、アメリカでとても注目を集めたそうです。
───たしかに、登場するキャラクターもとても魅力的ですよね。
オリジナリティあふれるキャラクターがたくさん登場します。「くれくれくまちゃん」のビジュアルもインパクトがありますよね。
───水色のボディに、金色の王冠をかぶり、赤いマントを見に着けている……まるで王様のようですね。
まさにその通りです。くれくれくまちゃんは自分のことを王様だと思っているのだと思います。だから、彼は周りが自分の言うことを聞いてくれると信じて疑いません。
───王様のくれくれくまちゃんからしたら、家来が命令を聞くのは当然なんですね。
そうなんです!でも、周りはそんなこと思っていませんから、くれくれくまちゃんが「くれ!」と言っても、実際に思い通りにはならないのです。
───せっかく友だちが「遊ばない?」と誘ってくれても「いいよ、でもそのかわり、ぼくのいうとおりにするんだよ。」なんて言ってしまうんですものね。
くれくまちゃんの気持ちには、遊びに誘ってもらえてうれしいという感情がきっとあるはずなんですけどね。条件反射のように「くれ!」と言ってしまうんでしょうね。
───そうして友だちは去ってしまう……。このあとの場面がとても印象的ですよね。
画面をグッと引くことで、ひとりぼっちになった様子が読者にも伝わってきますよね。今まで、カラフルだった背景もここで白に変わる。この変化のつけ方が、本当に素晴らしいなと思います。
───このページの「OH…」を「ありゃ…」と訳し、「HELLO…?」とくれくれくまちゃんが友だちを探しているところを「お〜い…?」と訳しているところも、本当はとても切ない場面なのですが、なぜかクスリと笑えるなぁと思いました。
ありがとうございます。この場合の原文の「HELLO」という言葉は、「あれ〜?」や「どこいったの〜?」のような、呼びかけるような言葉なのです。原文がとても短い言葉で表現されているので、翻訳する言葉も同じくらい短くて、かつ、絵にあった雰囲気になるよう考えました。
───今まで散々、わがままを言って、周りに命令ばかり。そして、とうとう周りに誰もいなくなってしまったくれくれくまちゃん。しかし、そこにくれくれくまちゃんのことを知らないかめくんがやってきたことで、事態は一転します。かめくんに「そのふうせん、くれ!」と言ってしまうくれくれくまちゃんですが、このときの表情が、今までと少し違うように思いました。
そうなんです。王冠が浮いていて、体もちょっと動いているような感じ……。きっと、「くれ」と言っちゃいけないと思っていたんだけど、かめくんの風船を見たら、言葉が出てしまった……やばい! と、驚きとともに、ちょっと後悔しているんじゃないかと思います。
───けれど、かめくんは、くれくれくまちゃんに「いいよ」と言います。そして、くれくれくまちゃんのわがままを肯定してくれるんですよね。「わがままだよ」と言った後に「わがままじゃなくっても、いいんだよ」と。こう言われたことに対するくれくれくまちゃんの変化について、成瀬さんは「訳者あとがき」を寄せていますね。
「わがままな自分をありのままに認めてもらい、風船も渡してもらって、今の自分に丸ごとのOKをもらったからかもしれません。そして、そうでないあり方を選んでもいいよという提案をもらったからかもしれません」という部分ですね。
───ここについて、もう少し詳しく教えていただけますか?
もともと、くれくれくまちゃんは「くれ!」「だめだよ!」、そのやり取りでしかコミュニケーションが取れなかったんだと思うんです。それ以外に周囲と関わるすべを知らなかった。ところが、かめくんからはじめて「いいよ」と言われる。新しいコミュニケーションの取り方を提示されるわけです。そこの、とまどいはくれくれくまちゃんの表情から十分感じ取れます。肯定されたことで、くれくれくまちゃんは自分からは誰にも聞けなかったことをかめくんに尋ねるんです。「ぼくって、わがままでしょ?」と。そのとき、かめくんは「わがままだよ」と、まず今までのくれくれくまちゃんを認めます。そのあと、普通なら「わがままでもいいんだよ」と、さらに肯定することもできたと思うんです。でも、かめくんは「わがままじゃなくてもいいんだよ」と言います。つまり、かめくんはくれくれくまちゃんの中に、わがままじゃない部分があることを見抜いているんですよ。
───なるほど、だから「わがままじゃなくてもいいんだよ」なんですね。
そんなに「くれくれ」言わなくても、ほかのコミュニケーションの取り方があるよね……と優しく呼びかけている感じですよね。すると、くれくれくまちゃんはかめくんに「くれ!」と言った風船を手放してしまいます。これは、わがままを手放したという表現なんだろうと思うんです。
───赤い風船にそんな意味があったなんて、驚きです。
これは私の勝手な深読みですけどね。(笑) わがままを手放せたから、次にくれくれくまちゃんは「与える」ことができるようになったんです。このプレゼントが王冠だということにも意味があると思うんです。今まで、くれくれくまちゃんにとって、周りの友だちはみんな家来だったんです。でも、かめくんには自分と同じ王冠をプレゼントした。
───つまり、自分と対等……友だちという意味なのかもしれませんね。
そうなんです。そして、なんとかめくんに「行こう!」って誘われて、ついていきます。今までのくれくれくまちゃんだったら考えられない行動です。
───本人もちょっとビックリした表情をしているのが面白いですよね。
ちょっぴりとまどいもあり、でも嬉しさもあり……というような表情。そして、かめくんも嬉しそうなんですよね。
───このかめくんは、くれくれくまちゃんの中でとても重要なキャラクターだと思うのですが、成瀬さんはかめくんのことをどう考えて訳していましたか?
まるで禅のお坊さんのような、執着のないキャラクターだと思いました。見た目は子どもみたいですが、カメのキャラクターなので、もしかしたらすごく年を取っているのかもしれない……(笑)。そう思わせるような達観した感覚の持ち主ですよね。
───たしかに。すごく深読みをすると、もしかしたらこのかめくんも、以前はくれくれくまちゃんみたいに、なんでもほしいと言っていたかもしれない……。
なるほど。そう考えることもできるかもしれないですね。(笑)