●いつも、エリック・カールさんの絵本がありました。
金柿:ぼくはエリック・カールさんの絵本が大好きなんですが、浜島さんもお好きなんですか?
『ボードブック はらぺこあおむし』(偕成社)の最初のページを開く浜島さん。
浜島:大好きです。たとえば『はらぺこあおむし』(偕成社)の最初のページね。「これ、なーんだ?」と子どもたちに聞けば「しずくー!」「グミ!」「ビー玉!」とか、やわらかい頭ですぐに答えてくれます。大人は頭が固くてすぐ答えられないの(笑)。色鮮やかなエリック・カールさんの絵を見ながら、いきいきしたやりとりを子どもと繰り返すのは楽しいですよ。
金柿:ぼくもお話会でこのページを開いて、「アメだよー」と話しかけると、初対面の子どもたちがもじもじしながら近寄ってきてくれます。「何色が好き?」「青」「オレンジ」とキャンディーのようにつまんで食べるふりをすると、子どもたちとの間に共感が生まれます。
浜島:金柿さんの場合は、娘さんがエリック・カールの絵本をお好きだったの?
金柿:もちろん娘も大好きです。でも、娘が生まれるよりもずっと前、絵本と全く関わりがなかった大学生のとき、たまたまアメリカに一人旅で出かけて、ニューヨーク近代美術館(MoMA)のミュージアムショップで『はらぺこあおむし』の原書を手に取りまして……それまで抱いていた絵本のイメージがひっくりかえる衝撃を受けました。それがエリック・カールさんの作品との出会い、最初の「絵本」との出会いです。原書を買って日本に持って帰りました。
浜島: 何が衝撃的だったの?
金柿:大学生の自分にとって、絵本は、幼い子どもだけが読むものというイメージでした。かわいいうさぎちゃんが出てくるとか、よくあるタイプのわかりやすいストーリーで……とか、そういうイメージですね。
『はらぺこあおむし』を見たとき「ぜんぜん違う!」と驚きました。驚いたのは、まず、デザインの完成度の高さです。絵に穴があいていて、ページをめくると穴があいた絵が一つずつ増えていく。最後の「どようび」の場面では、最後の穴が、それまでの穴とつながる。あおむしがたまごから蝶になるまでのお話も、しかけも、一つ一つに意味があり、むだがなくて美しい。なんてよく考えて作られているんだろう、これは芸術作品だなと思いました。
その後子どもが生まれて『はらぺこあおむし』を読んでみたら、子どももやっぱり好きなんですね。それからエリック・カールさんの絵本を読むようになりました。
浜島:私ね、エリック・カールさんが初来日された1985年に、私のおはなし活動の拠点である千葉県の松戸にも来られて、そのときにいろいろおしゃべりしたんですよ。その後何年か続けていらしたときに、舞台でパフォーマンスをご一緒していて、彼に「あなたのいちばん好きな絵本はなんですか?」とお聞きしたことがあるの。『はらぺこあおむし』と彼が答えるかと思ったら、ちがったの。何だったと思う?
エリック・カールさんと浜島代志子さん。(1997年頃撮影)
金柿:エリック・カールが好きな、エリック・カールの絵本ですよね? ぼくは『パパ、お月さまとって!』が好きですが、それじゃないんですね? だとすると……意外と『こんにちは あかぎつね!』とか、『だんまりこおろぎ』『うたが みえる きこえるよ』(すべて偕成社)……。
浜島:ハズレ。彼が「いちばん、精神的に好きな作品」だそうです。さあ、何でしょう。
金柿:『くまさん くまさん なにみてるの?』(偕成社)……これもちがうなら……、『ね、ぼくのともだちになって!』(偕成社)?。
浜島:あたり! 「なぜ?」と彼にたずねたら、「人にとっていちばん大事なのは、心を通わせる人がいることです」と。ともだちでも家族でも、だれかと心が通いあうことが、人としての最高の幸せなんだ、と答えてくださいました。
金柿:『ね、ぼくのともだちになって!』は、小さなねずみがともだちを求めて、動物たちに出会っていくお話ですよね。いろいろな動物に語りかけていって、最後は求めていたともだちを見つけます。動物のしっぽを次々にたどっていく展開も素敵ですよね。
『ね、ぼくのともだちになって!』は、3歳のときに読み聞かせたい絵本のページに紹介されています。
浜島:「それじゃ、『はらぺこあおむし』は?」とたずねたら、「ぼくのオリジナルじゃないから」と言うんです。そのときはステージの上で、大勢の人の前でインタビューしていたから、「Why?」と私もびっくりしちゃって。彼が言うには、『はらぺこあおむし』には原作があるんだそうです。何だと思います?
金柿:う〜ん…。変身するお話だと……もしかして『みにくいアヒルの子』?
浜島:そうです! 実はニューヨークで生まれたエリック・カールは、幼い頃、家が貧しくて、路上に石で絵を描いていたんだそうです。あるとき絵を描いている彼に、おじさんが言ったそうです。お前は今はみにくいアヒルの子だけど、いつか白鳥になる。だからあきらめちゃいけないって。今は貧しくて、君を認める者はいないけれども、必ず白鳥になるんだよと、おじさんが励ましてくれたんですって。
金柿:そうだったんですね…! 初めて知りました。
浜島:エリック・カール自身が「みにくいアヒルの子」で「あおむし」だったんですね。『はらぺこあおむし』は彼の体験から生まれた作品でした。
エリック・カールの絵本がすごいのは、「人間が生きるってどういうこと?」という問いの本質をついていることです。『えを かく かく かく』(偕成社)は、ナチス政権下のドイツで「人間は自由だ。何を描いてもいいんだよ」とエリック・カールに命がけで教えてくれた高校の美術の先生がいて、そのことが原点となって描かれた作品です。信じてくれる人がいれば、人は生きていけるのですね。
金柿:浜島さんがエリック・カールの作品に出会ったのはいつですか。
浜島:大人になって、丸善で洋書絵本を探していたときです。私の幼少期は戦後すぐだから、絵本なんかなかったですよ。でもおじいちゃんもおばあちゃんも、おはなしをしてくれたの。戦争から帰ってきた父や、母が、戦後で食べ物が本当にない時代だったけれど、なぜか本だけはどこからか買ってきてくれました。父の友人たちへも、食べるものより本をおみやげに、と言っていたらしいんですよ。私たち子どもへのおみやげはぜんぶ本だったの。だからエリック・カールの気持ちがよくわかります。何もない時代に、物語と人だけがいましたから。
先日、久しぶりにいとこに会って、「代志子ちゃんが絵を描いてホッチキスで留めた絵本を作ってくれたの、今も大事にとってあるよ」と言われました。そういえば、村の公会堂で自作の絵本を子どもたちに読んで聞かせたり、お芝居をしたり……子どもの頃から今と同じことをしていたんですね(笑)。
好奇心が強くなり、自我が芽生える1歳児。絵と言葉が一致する力を養います。『ごちゃまぜカメレオン』も1歳に。
来日したエリック・カールさん。金柿代表も嬉しいツーショット。(2017年撮影)