───オズ・シリーズには毎回、新キャラクターが登場したり、各巻をまたいでキャラクターが活躍したりと複雑な部分もあったかと思いますが、オズの世界観やキャラクターの統一など翻訳するうえでの約束事はありましたか?
林:基本的に、初登場キャラクターはその巻を担当した翻訳者が口調や一人称など、すべてを決定することになっていました。ドロシー、かかし、ライオン、ブリキのきこりなどの主要人物は1巻を担当した宮坂さんが、めんどりの「ビリーナ」や「腹ぺこタイガー」、「ノーム王」はないとうさんが、「パッチワーク娘」や「リンキティンク王」などは田中さんが担当しました。
宮坂:ひと口にキャラクターの口調や一人称を決めるといっても、例えば、ブリキのきこりがかかしを呼ぶときに「かかし」と呼び捨てにするのか、「かかしくん」と呼ぶのか、相手の呼び方まで全部決めるので、なかなか大変な作業ではありました。
田中:ときどき、自分が決めていてもキャラクターの一人称とかを間違えていることがあって、他のメンバーに指摘されることもありました。そういったチェックをみんなでやれたのは、チームでよかったーと思うところですね。
───「パッチワーク娘」や「ボサ男」など、キャラクターの名前もユニークですよね。名前は原作と同じなのでしょうか?
宮坂:ドロシー、オズマ、グリンダといった、原語の音をそのままカタカナにできる名前もありますが、意味を持った名前のキャラクターは訳を考えるのが大変なこともありました。

田中:例えば、パッチワーク娘は原文では「Patchwork Girl」、「ボサ男」は「Shaggy Man」、「カクダイ・クルクルムシ・ハカセ」は「H.M.Woggle-Bug,T.E.」という名前なんです。
林:「オズ・シリーズ」は過去に一度、佐藤高子さんの訳で早川書房から14冊が刊行されています。今回、15冊のシリーズを作るにあたって、早川書房版も参考にさせていただきました。ただ、低学年の子にも楽しんでもらえるよう総ルビにしたことや、今の子ども達に親しみやすい文章にしようと話し合って、名前や言い回しを新しくしたキャラクターも多くいます。
───新しい名前はどのように考えるのですか?
田中:「パッチワーク娘のハギレ」は、早川書房版では「つぎはぎ娘のスクラップス」という名前でした。ずっとその翻訳で読まれてきている方からすると違和感を感じられることもあると思うのですが、今の子ども達にとってどちらが身近な言葉かを考えて、「つぎはぎ」から「パッチワーク」に表現を変えました。
宮坂:パッチワーク娘は田中さんの訳でオズ・シリーズの中でも群を抜いてユニークなキャラクターになったと思います。
ないとう:最初、誰がどの巻を担当するか、そんなに深く考えずに割り振っていたんです。でも、それぞれの担当者にピッタリのキャラクターが初登場していて、みんなでビックリしました(笑)。
宮坂:ないとうさんの担当巻にはおばちゃんキャラやノーム王などあくの強いキャラクターが初登場だったりしたんですよね…(笑)。
田中:担当のキャラクターの発言や行動が本当にヘンテコで、思わず翻訳チームのメーリングリストに「ここ面白い!」とか「訳しながら笑っちゃう」って書き込んだり…(笑)。
ないとう:おはなしが楽しかったから、私たちも15巻という長いシリーズを完成させることができたんだと思います。これが悲劇的なストーリーだったら、途中でくじけてしまっていたかもしれません…。
───やはり、翻訳の作業はハードだったんですね。
宮坂:ボームはオズ・シリーズを20年かけて完成させました。私たちはそれを2年で翻訳し、シリーズを完成させなければいけませんでした。
田中:2か月に1冊のペースでしたし、自分の巻を落とさずに、次へたすきを渡していく…。気持ちとしては、まるで駅伝の選手の様でした。
ないとう:自分の担当の翻訳をしながら、他の方から送られてくる原稿のチェックを同時にしていましたから、たすきを渡しても常に並走している感じで、2年間ずっとオズのことを考えていましたね(笑)。
宮坂:本当にチームで翻訳できたことで、救われた部分が多いシリーズでした。私たちは苦労や面白さを共有しながら作業を進められましたが、イラストレーターのサカイノビーさんは全巻をひとりで担当していたので、大変だったのではないかと思います。
───「オズの魔法使いシリーズ」の挿絵はすべて、サカイノビーさんの描きおろしなんですよね。
林:全巻通して300点くらい描いていただいたかと思います。
───挿絵についてイラストレーターさんにお願いしたところはありますか?
宮坂:「原作のイラストを参考にしすぎないでください。」とお願いしました。

宮坂:原作の挿絵は文章と矛盾している所があるんです。例えばこれ(写真)は見返しに描かれているオズの国の地図。この国の東西が逆になっているんです。
───そうなんですか! それはすごく大きな間違いですね!
ないとう:この間違いはオズファンの中でも有名で、続編ではこの地図にそって文章が変わっている部分もあるんです。
田中:でも、ファンのあいだで、そういった間違いがトリビアとしておもしろがられていたりもします。
───日本版はどの巻もとてもかわいいイラストで、おはなしをより魅力的にしてくれていますよね。
林:オズ・シリーズに出てくる不思議なキャラクターや乗り物を本当に面白く、可愛くビジュアル化していただいたと思います。サカイノビーさんは特に動物を描くのが得意な方なので、おくびょうライオンや腹ぺこタイガーなど、動物のキャラクターがとても生き生きと描かれていますよね。
●「不朽の名作“オズ・シリーズ”、好きな巻から楽しんでもらえたら嬉しいです!」
───今回、お話を伺うまで、『オズの魔法使い』にこんなに続編が出ているなんて、実は知りませんでした…。しかも、ボームは6巻で一度、シリーズを終わらせようとしていた…というエピソードや、ボームの死後も別の作家によって「オズ・シリーズ」が引き続き出版されていたということを、あとがきで読んで初めて知りました。アメリカでは今もなお、多くの読者に愛されているんですね…。
ないとう:そうですね。生活の中に自然にオズにまつわる言葉が登場するくらい、アメリカでは浸透している作品だと思います。毎年、クリスマスには『オズの魔法使い』のミュージカル映画がテレビ放映されるようですし、小学校の学芸会で「Over the Rainbow」は定番の曲です。アメリカのファストフード店「ダンキンドーナツ」では、小さなボール状のドーナツを「マンチキン」という名前で売っているのですが、この「マンチキン」もオズ・シリーズに出てくる小人の名前です。
宮坂:翻訳の仕事をしていると、アメリカ人作家の作品の中に当然のように「ドロシーの靴」や「西の魔女」という言葉が出てくるんです。日常生活で比喩としても使われているので、一度、しっかりオズ・シリーズと向き合いたいと思っていたときに翻訳のお仕事を頂けて、すごく良かったと思っています。
───最後に、『オズの小さな物語』のみどころ、そしてシリーズ全巻そろった「オズの魔法使い」の魅力を教えてください。

ないとう:15冊もありますが、1冊ごとにストーリーが完結しているので、どの巻から読んでもらっても楽しめると思います。迷った方は、『オズの小さな物語』の「おもな仲間たち」を見て、気になるキャラクターを見つけてから読んでもらえると嬉しいですね。
田中:主要人物の魅力はもちろんですが、ちょっとしか登場しないキャラクターもとても個性的なので、読んだ巻で自分だけの一押しキャラを見つけるのもオススメです。自分だけの名言をさがすのも楽しいと思います。
宮坂:一話完結型のシリーズですが、1巻から読んでいくと、それぞれキャラクターが変わっていく様子も見えてきます。例えば、ペテン師だったオズが本物の魔法使いになったり、ブリキのきこりが皇帝として君臨したり…。そういう登場人物の変化も楽しめますし、何より、作家ボームがオズ・シリーズを通して表現したかった「子ども達を楽しませたい!」という思いが、どの巻からもまんべんなく伝わってきます。
林:本当に、次々とよくアイディアが出てくると感心してしまうくらいストーリーは変化に富んでいて、冒険あり、変なキャラクターあり…。途中で飽きてしまったり、だれてしまうお話は1巻もありません。最初から、最新刊から、好きなキャラクターの出ている巻から…いろんな読み方で楽しんでもらえたら嬉しいです。
───私も改めて名言を探しながら読んでみようかな。かかしやブリキのきこりは本当にドキっとすることを言ってますよね。また楽しみが増えました!
今日は本当にありがとうございました。

記念にパチリ

取材後には、直筆サインも描いていただきました。
3人揃った豪華なサイン本の完成です!!
インタビュー: 磯崎園子 (絵本ナビ編集長)
文・構成: 木村春子(絵本ナビライター)
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